「嫌なんだよ、自分の名前!何ゴローって!この見た目でゴローって!まんまじゃんか!」


おいおいとゴローさん…漢字で書くと『吾朗』らしい…が泣きながら顔を覆う。


「ただでさえ老け顔なの気にしてるのに!名前までこんなごつかったらもう救い様がねぇよ…!
むしろ『おいちゃん』の方が渋くって良いわ!」

「お前そのやっすい映画に左右される性格どうにかしろよ。てか老け顔気にしてたんだな」

「やっすい言うな!俺は心底惚れたんだから良いんだぁぁ…」


おおう!と天を仰いで吼える吾朗さんを見て俺は本当、真っ白になってた。
さっき想像した恐ろしい妄想の後でこのオチは気が抜けるなんてもんじゃない。それに、なんでも古醐宮に絡めてしまう自分が悲しかった。


「…あれ、こいつ誰ですか?」

「新入り…にしては今までと毛色が違いますね…」


不良さんの何人かが俺に気付いて指さした。


「うんー…この子はね、拾ったよ」


にこりと吾朗さんは笑う。


「「「またっすか!」」」


げらげらと皆が笑い出す。不良さんの一人がぽんと俺の頭に手を乗せると満面の笑みを浮かべた。


「良かったな、ゴローさんに拾われて」


ひ、ひろ…?
小首を傾げていると「それよりも!」と不良さん達がわぁっと吾朗さんの周りに集まる。


「いよいよアイツらと喧嘩出来るんスね!」

「でもゴローさんの口から喧嘩するなんて聞いて吃驚しました!」

「楽しみっす!!!」


け、喧嘩?
物騒な響きに後ずさると恭志郎さんが俺の肩をがしりと掴んだ。


「おい、吾朗。コイツに話を聞くんだろう。さっさと聞け」


内容によっては殴りに行く前にコイツを殴るからな と低い声で呟いているのが聞こえて俺は全身が硬直した。
な、な、なんで!?俺、本当に何したっけ!?

冷や汗をかく俺を見て吾朗さんが苦笑する。


「あのね、きょーしろー。そんな脅すんじゃないの。大丈夫だよ、姫さん、リラックスして…そうだ。姫さんの話を聞く前に俺達の話をしようか。
そうしたらリラックスがてら正体不明な俺達を警戒する気持ちも薄まるでしょ、うん。そうしよう」


にこにこと吾朗さんは俺の対面にあるソファーにどっかりと腰を下ろした。
がやがやと騒いでいた不良さん達は吾朗さんがそのソファーに座った瞬間に水を打ったように静まり返る。


「ある所に暇を持て余した男がいました」


決して大声では無いのに静かすぎる為に低温の吾朗さんの声が誰の耳にもはっきりと聴こえる。


「そいつは喧嘩だけは強かったので、喧嘩ばっかりやってる奴らを集めてつるむ様になりました。
溜まり場を作って、そこで毎日毎日騒いで、遊んで。
そうしている内に喧嘩なんてしなくなるんじゃないかと思ったから。時が経つにつれてそれは確かなものになりました」


瞳に穏やかに色を浮かべているが、目を俺から微塵も反らそうとしない。
まるで物語でも話すような口ぶりで吾朗さんは話した。


「その馬鹿ばっかりの奴らはいつしか自分達の事をその溜まり場の名前で名乗るようになりました。
――――その名前は-grace less-」


ちょっと吾朗さんが目を閉じた。
笑みが薄くなり、滲むような苦い後悔が見えた気がした。



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