左の傷 


「…ん、……て、…さん、姫さん起きて」


ゆさゆさと肩を揺さぶられて目を覚ました。
はっきりとしない視界に髭の男の人が目を細めて俺を見つめている。


「…う、ん…?」


目を何度か瞬かせて、彼がおいちゃんで、ここに連れられて来た事を思い出した。


「大丈夫?薬使かった次の日って身体がだるくならない?はい、水」


コップに注がれた水をぼんやりと眺める。…今、気になる単語が聞こえた気がした。
にこにこと笑みを浮かべるおいちゃんの顔を見つめて気になった単語を呟く。


「薬…?」

「そ、睡眠薬ね。即効性のやつ、あ!これには入ってないから安心しなね」


その言葉にばっと目が覚めた。な…ん…だって?
薬を盛ったというのに全く悪びれる様子もない目の前の男をまじまじと見る。

全く崩れない笑顔は作っている様子ではない。それが何故か恐れを誘った。
ふと後ろに目を向けると昨日おいちゃんに『きょーしろー』と呼ばれていた人が俺を見ている。

…な、んで俺を睨んでいるんだ。

『きょーしろー』さんは昨日とは打って変わり、明らかな敵意を俺に向けていた。
お、俺、寝ている間に何かしてしまっただろうか。


「実はね、姫さんに聞きたい事があるんだよ。別に畏まらなくて良いから「「「おはざぁあああっす!!!」」」ねー…ってうわい」


おいちゃんの言葉を遮ってどやどやと誰かが入ってくる。
それを見ておいちゃんは微苦笑を浮かべた。


「「「恭志郎さん!!おはようございます!!!!」」」

「あー元気だな、朝っぱらから」


眉間に皺を寄せて本当に煩そうに恭志郎さんが返事をする。
俺はその大勢の人達を見て小さく息を呑んだ。余りに勢いよく呑んだからもしかしたら「ひゅっ」とか音がなったかもしれない。

だ、だって明らか入って来た人達皆…ふ…不 良 さ ん!

明るく染めた髪や、じゃらじゃら付けたアクセサリー。ごめん、あの人金属バット持ってませんか?俺の目の錯覚?その隣の人は角材ですか…?ははは…まさかね…

おいちゃんは苦笑いを浮かべていたが、その人達が挨拶をしようと口を開いた瞬間に慌てて止めようとする素振りをした。


「お、おい!俺の名前は…」


名前を呼ばれたくないのか…そういえばさっきから俺も『おいちゃん』としか呼んでない。
もしかして名前を知られるといけない程有名な人なのだろうか。

その瞬間脳内を古醐宮家絡みの事が過って顔が強張る。


古醐宮は長い歴史を持つ華道の流れを持つ。
長い歴史を持つ事と、歴代の当主の手腕によって得た財産とで色々と後ろめたい一面も持っている。
花を生け、花を愛でるその席で政治や金絡みの取引が行われたこともあるそうだ。

しかしそんな事をしているのは古醐宮だけではない。
勿論古醐宮レベルが世の中に履いて捨てるほどある訳じゃない。が、いくつかあるのは事実。
それらは互いに手を組んだり、または虎視眈々と相手の弱みを握ろうと目を光らせてたりする。

俺も一応は古醐宮の端くれだ。祖父が俺に固執していたり…それはまだしも次期当主の青葉が俺を抱いていたりしているのがそういう輩にばれたら、それをネタに古醐宮がどう揺さぶられるか想像がつかない。

血の気が引く。
俺が男に抱かれているという事が世間にばれたらと思うと恐ろしい。
それが父さんの耳に入ったらと思ったら更に血の気が引く。だってそれこそ今までの苦労が水の泡だ。

でもそれよりももっと恐れている事がある。

青葉は俺をさっさと切り捨てるかもしれないが、祖父は生きている限り俺を側におこうとするだろう。
何としてでも。それは思い上がりも甚だしいという訳ではない。だって祖父は愛娘を俺に見ているのだから。

その盲目の愛は、相手の要求を呑ませる事くらい躊躇わせないかもしれない。

これ以上古醐宮家に借りを作ったら本当に縁が切れなくなる。
祖父が死んだらもう古醐宮に行かなくてもいいと思っていた。それまでの辛抱と思っていた。
それが古醐宮に恩が出来てしまったら…次期当主は…青葉は…それを盾に俺を死ぬまで弄ぶだろう。

がたがたと身体が震えた。


「いいか、俺の事は『おいちゃ「「「ゴローさん、おはようございます!!お疲れ様っス!!!」」」…ん』……」


…へ?

震えが止まる。ちらりとおいちゃん…ゴローさんの顔を窺うと本当に悲しそうな顔をしていた。


「ゴローって呼ぶなって言ってんだろー…」




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