「うぎゃぁああああああ!!!!」
絶叫に思わず飛び起きる。
な、何だ、今の断末魔のような叫び声は。
「ほ、ホントタンマ!ほんとほんとそこだけは勘弁!そこ剃っちゃ駄目だって!!」
「うっさい!!大体テメェはこんくらいしねぇと反省しねぇだろうが!!マジで死ね!死んで生まれ変わって来い!」
「きょ、きょーしろー、本当に止め…」
「全部の毛ぇ剃り落されてぇのかあ゛あ゛?!汚ねぇなりしやがって…!あんだその髪は!?
静かにしねぇと鼻と耳も削ぎ落とすぞ、ごらぁ!!」
極道の人みたいな恐喝が響くとピタリと叫び声は止み、啜り泣きが聞こえて来た。
な、何なんだ、一体。というか此処は何処?
俺はでかいソファか何かに寝ていたようで、薄手のブランケットが掛けられていた。
とても広い部屋だけど圧倒的に物が少ない。
俺が寝ていたのと同じサイズのソファーがあと2つ、奥の方にバーみたいなのがあるようだ…全体的にレトロな空気がするがここは店か何かなのだろうか。
見まわしていると奥から足音荒く誰かが出て来た。
真面目そうな面立ちの黒ぶち眼鏡の男性。
ぶつぶつと苛立たしげに何か呟きながらタオルで手を拭いていたが、俺に目を向けるとちょっと眉間の皺を緩めた。
「もう起きたか、頭痛くないか?」
そう言う声はさっきの恐喝していた声と同じだった。
こんな真面目そうな顔であんな言葉遣いをするのだろうか、この人は…。
「は、はい…」
「そうか、すまなかったな。うちの馬鹿が無理矢理酒を飲ませたみたいで」
「いや、別に無理矢理ってわけでも…」
「ほら、聞いた?だから俺言ったじゃんかー…」
聞き慣れた声がしたと思ったら上半身裸の男性が頭にタオルを被ったまま出て来た。
「相手の意見も聞かずに進めたんだろう莫迦が。そういうのを無理矢理っていうんだ」
「きょーしろーの阿保…俺の髭ほとんど剃っちゃって…」
「汚らしい髭なんぞいらんわ」
「きた…っ、汚らしいとか俺泣くよ!?
髭が無いと男って認められない国だってあるんだからな!?」
「五月蠅い莫迦。だから少し残しておいてやっただろうが。
風呂くらい入れよ、言っとくがお前据えた公衆便所の匂いしてたからな」
「流石にそれは言いすぎじゃないかな、きょーしろー君!?」
よよと泣く真似をして男性が白いタオルを頭から外すと、そこにいたのは『おいちゃん』だった。
前髪が垂れて左目が見えないが随分綺麗になった気がする。ついでに髭が顎にしかない。
それにしてもこんな顔だったのかとまじまじと見る。
あの公園では暗かったし、何より髪が鬱陶しくて良く見えなかった。
垂れ目か釣り目かと言われると垂れ目の精悍な顔つき。
「あ、あの、ありがとうございました」
「ん、いーって、いーって」
にこにことおいちゃんは笑うと俺に飲み物を渡す。
「起きて喉渇いたろ、アルコールは入ってないから飲みな?」
おいちゃんもコップに注いで飲むのを見て俺もおずおずとそれに口を付けた。
うっすらと柑橘系の味がする。アルコールは本当に入って無いようだ。
眼鏡の人は腕を組んだまま俺とおいちゃんをじっと見ている。
「あの…ここは何処ですか?」
おいちゃんが飲み干すのを待って疑問を投げると、うーん…とおいちゃんは唸った。
「ここは俺らの家みたいなモンなんだけどさ、まあ姫さんも自由に使って良いよ。いつでも良いから遊びにおいで」
「あ、ありがとうございます…それじゃ…」
俺そろそろ家に帰ります、お世話になりました と腰を上げかけたら、おいちゃんが俺の肩に手を掛けて再び座らせた。
「ま、今日は遅いし寝て行きな?」
「え…」
流石にあったばかりの人にそこまで面倒を掛けられない。
というか、そこまで心を許せないというのが本音なのだけれど。
「うんまあ、姫さんの不安も分かるんだけど、それはまあ俺達は姫さんになんにも危害を加えないからっていう言葉を信じてもらうしかないってことで…」
小さく苦笑した後、おいちゃんは俺の目の前に手の平を広げて俺の視界を覆った。
「もう眠いだろ?安心して寝な。ここには姫さんが怖がるようなものは何にもないし、誰もいないから」
『俺が嫌な物は何も無い』
その言葉は俺を安心させる為に言ってくれたのかもしれないけれど、余計に俺の不安を煽った。
なんでこの人はこんなに人の心の底を覗いた様な話し方をするのだろうか。
でも塞がれた視界が暗くて、その暗さがとても眠く感じた。
帰りたい。ここに居たくない。怖い。
でも俺はぐらりと身体をおいちゃんの方に傾けて、意識を飛ばした。
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