血の気が引く時、本当に音がする事を知った。
ざぁっと顔から血が引いて、爪先へ溜まる。
何だこれは、何だこれは。
ナンダコレハ―――
ましろの友人から場所を教えてもらって、直ぐに向かった。
その時出された条件は2つ。
『絶対に「古醐宮」の人間に迷惑を掛けない事』
むしろこっそり入って見つからない方法があるならその方が良いくらいだそうだ。
そして『絶対笹西を問い詰めない事』…。
でも目の前の状況を見て問い詰めない方がおかしい。
言われた通りに電車を乗り継ぎ、バスに乗って、走って着いた時には夕暮れで、ついた場所は大きすぎる屋敷だった。
ぐるっと囲んだ塀の向こうが一番静かな所から屋敷に入り込んで、人の気配を探りながら歩き回った。
――ましろ、何処にいる。
少しでもあの気配を探り当てたらましろに会って、そしてちゃんと伝えよう。
やっぱりましろはどんなに考えても優しい存在で、俺はましろが好きなのだと。
「―――――…」
「…!」
微かに、僅かにした声は間違いなくましろの物だった。
「ましろ…!!」
声がした方向に脚を向けて、近づいて、目に入った光景は目を疑うものだった。
ましろが乱れている。
頬を上気させ、荒い息を吐いて、快楽に眉を顰め、泣きながら『他の男の』手によって乱れていた。
ましろは俺とわかると呆然として「シロ……」と呟いた。
訳が分からない。
訳はさっぱり分からないが、何かを理解する前に地面を蹴り、後ろの男の懐に飛び込むとねじ伏せて拳を振り上げた。
「シロ、シロっ、止めろ!!お願いだからっ!!!止めてぇええええ!!!」
俺の腕にましろが肌蹴た格好のまま縋りつく。
なんで?なんで止める?
…ましろが泣いている。泣いてるのに。
…それともこれは俺が泣かせたのか?
俺がいけないのか?
「頼む、頼むから、この人に手を出さないで…っお願い、シロ、お願いっ」
そんなにこいつの事が大切なのか?
俺よりも?
その体に俺は触れてはいけないのに、そいつは良いのか?
俺を拒んだのはそいつがいたから?
「お願いだ…頼む…本当に…止めてくれ」
「ましろ…」
怒りで掠れた声を掛けるとましろはビクリと肩を震わせた。
なんで、何で。
怖がらせるつもりなんてこれっぽっちも無いのに。
「コイツの事好きなのか……?」
俺の目を揺れる瞳で見つめるましろ。
そこに肯定の色は無く、むしろ否定の色がある事に少しだけ心の痛みが和らぐ。
だけど、それを口にして欲しい。
『違う』と。そう言ってくれさえすれば、俺はそいつを殴ってやる。
じっと黙ってその瞳を見つめると、ゆらゆらと揺れる瞳が揺蕩うのを止めたと思ったら、ましろは口角を上げた。
――酷く淫猥な笑み。
ガラッと変わってしまったましろの雰囲気に立ちすくんでいると、ましろはそのまま無言で俺が捩じ伏せた男の上体を優しく起こす。
そして男に跨ると……自分の腰を卑猥に男の腰に擦り付けた。
それは、明らかに情事を彷彿とさせるような厭らしい動きで。
「見てわかんねぇ…?」
鼻で笑うように言って、ましろは俺を見た。
「今さっきだって見ただろ?お楽しみだっただじゃんか、俺」
くくっと喉の奥で笑ってましろは男の頭を抱きしめた。
「何しに来たんだよ?邪魔なんだけど」
そこからどうやって帰ったのか覚えてない。
ただましろに出会う前と同じくらいに心が空っぽで、いや、それ以上に空っぽで。
乾いて乾いて仕方がなかった。
どうやって俺はこの乾きを癒していた?
ほんの1週間くらいの前の事なのによく思い出せない。
耳の奥の砂嵐のような耳鳴りが煩くて堪らない。
――ああ そうか、この拳で、壊して、壊して、癒したんだっけ…?
目の前にあった扉を蹴り開けた。
「…!!シ、シロさん!?」
「え、あ、総長!?」
ああ、見た事ある戸だと思ったら何時もの溜まり場か…。
とりあえず近くにいた金髪野郎を殴りとばした。
「ごぼっ!?」
突然の事に店内が静かになる。
「―――足りねぇ…」
その静寂の中、白と黒の二色を有した獣は自分の拳を死んだような虚ろな目で見て呟いた。
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