突き立てる牙 

口が離れた所で睨むのを止め、溜息を吐きながらだくだくと血が溢れる手をミュカに差し出す。


「馬鹿。俺だったからまだしも、鍛えてないお前の手だったら噛み千切られていたぞ」

「うわぁ何平然と言ってるの!消毒と包帯…白龍って毒無いよね」

「無い」

「はーもう良かったぁ…」


さっきの痛い消毒が塗りつけられ、てきぱきと包帯が巻かれる。


「あーあ、見てよあの子。畏縮しちゃってまぁ…」


手当てが終わったのかミュカがちらりと机の上にいるであろう龍を見て苦笑いを浮かべた。
それにつられて見れば、さっきの威勢はどこに行ったのかぶるぶると震えながら俺から目を離さない白龍。
身体にぴったりと翼をくっ付け、尻尾も巻きつけて完全に戦意を失っている。


「だって龍騎士隊長の本気の睨みを喰らったんだもんねぇ…いやでも子供とはいえ、龍を畏縮させるアレスの睨みが凄いのか…でも大人げないよねぇ?」

「子供だと思って油断したから俺がこうなったんだろうが。獣に限らず、こういうのはどちらが上なのかはっきりさせておいた方が良い」


龍が決して人間に劣るとは言わない。
ただこの場で敵意を剥きだしにされてもこれからの事が進められない。


「で、どうしようね、この子」


ミュカはじーっと白龍を眺めた。


「森に返すの?」

「…いや。明らかにこいつは未熟児だ。このまま返せばいくら龍といえどのたれ死ぬだけだろう」


さてどうするのが一番なのか…。


「じゃあさ、ボクに頂戴よ!」

「は?」


俺のこの傷を見てまだ飼うつもりなのかとぎょっとミュカを見ればきらきらとした瞳でこちらを見ている。


「だって体は小さくても白龍だよ!?ただでさえ龍の素材は手に入りにくいのに、それも希少価値の高い白龍…!
その体からどんな薬品が作れるかなんて未知数じゃないの、だからボクに頂戴」


そういう意味かと納得した。
それもそうだ。普通はそういう考えになるだろう。
希少価値の高い白龍の未熟児。森に返しても死ぬだけならば有効活用をするべきだ。

…しかし、それに俺は頷けなかった。
白龍はと言えば自身に注がれるミュカの視線に不穏な物を読み取ったのか、警戒の色を濃くしている。
といっても威嚇音を出すのは先程の経験から躊躇われるらしく、俺をちらちらと見ながら自分に出来る限りの護身を図っていた。


「…駄目だ」

「ええ、何でー」

「龍はこの国の生き物だ。個人が勝手に殺して良い物じゃない」

「じゃあ王様に渡すっていうの?どっちにしろ殺されちゃうよ。だって今は小さいからまだ大丈夫だけどさ、飼い慣らす事も出来ないんでしょ」


黙っておけばばれないよー、と膨れるミュカを横目に白龍に手を伸ばし首根っこを引っ掴む。
思った以上に大人しく掴まれて体をだらりと投げ出している。


「…周りに影響が出ないくらいまで俺が育てる。それから森に返せば良いだろう。
生傷が絶えないだろうが、日常茶飯事だしな。いまさら一つ二つ増えても変わらん」

「えー、つまんないー」

「…そこでだ。魔力を封じる首輪、あっただろう小動物用の。あれをくれ」


作る薬の材料に使われた動物に嵌めてあったものを大量にこいつは持っているはずだ。


「……ふー、本当に育てるつもりなんだね。はいはい分かりましたよ。えーっと…あったあった」


手の上に金の輪が乗せられる。
少し輪が大きいが、まぁ許容範囲内だろう。


「…元から殺すつもりなんて無くて、それを取りに来たんでしょ」

「…さぁな」


返答をあいまいにすると人目につかないように白龍をマントに包みミュカの部屋を出た。







彼は馬鹿だ。

彼は誰よりも龍を尊敬していて、誰よりも龍を愛している。
彼が自分でそう言った事は無い。でも彼が龍に接する時、そこに敬意が無い事は無い。そして何よりも龍を殺す事を厭んでいる。現に彼は龍が素材の持ち物を何一つ持っていないのだ。
それなのに国で屈指の剣の使い手になり、龍騎士の素質があったばかりに龍をその手で殺さないといけなくなってしまった。

彼は優しい。

いくらまるで黒曜石の様に鋭利で冷たいと他から比喩されようと、それはあくまで彼の上辺しか見ていないからだ。
黒い髪に切れ長の灰色の瞳。感情が表に出にくい端正な顔立ちはなるほど黒曜石と言われても仕方が無いくらいに冷たい。
しかし彼の考えを知れば知るほどその心の温かさと、優しさを知る事が出来る。
それが表に出る時、ぶっきらぼうな口調になる為誤解をされやすいだけなのだ。

馬鹿だから、優しいから、彼は龍に向かって振り上げる腕を止めない。
これが国の為になると分かっているから。
これで民の暮らしが良くなると知っているから。

――馬鹿だなぁ、本当。

押し殺された心の痛みは一体どれくらいなのだろうか。
痛いのが嫌いな自分にはちっともそれが分からないが、想像しても足りる事は無いのだろう。
だから、彼が望むことならば減らず口を叩きながらも力になってやろうと自分なりに決めているのだ。

不器用すぎる数少ない友人を思いながら隣に置いてあったポットから茶をカップに注ぎ、微苦笑を浮かべて口を付けた。



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