啼き動く鎧 

疲れ切った体を引きずって城の外れの塔にある与えられた自室へと向かう。
いつもの様に扉に手の平を当てると光り、軋みながら開いた。

日の当たらない北側の塔にある為、部屋の中は薄暗い。
しかし飾り気がない所か、備え付けの家具以外何も置いていない部屋にはお似合いな気がする。


「ああ、疲れた…」


普通の訓練や任務ならまだしも、龍狩りだけは精神が削られる程疲れる。
産卵期も終わりに近づいているが、まだもう少し狩らなければならない。
産卵期が過ぎれば楽になると言い聞かせながら鎧の留め金を外し、行儀が悪いと思いながら質の良い絨毯の敷かれた床に落として


「ピギィ!!」

「!?」


鎧が鳴いた。

ぎょっとして落としたばかりの鎧を見つめる。
今回返り血をそんなに浴びなかったおかげで比較的汚れなかった鎧。だからこそ室内で脱ごうと思ったのだが…。

爪先で鎧を突く。
声は聞こえてこない。
もう少し強く突く。
…何かピクリと動いた気がするのは気のせいか。
次は足を乗せて、少し踏―――


「ギゥ!!」

「!」


やっぱり鳴いた。
俺の鎧はいつから生き物になっていたのかと若干現実逃避をしかける俺の前で鎧がゴソッと大きく動くと、その下から…。


「ピグゥ…」


白い生き物が現れた。

のてのてと這うそれはとても見覚えがある物で、しかし頭の中はそれを全力で否定しようとする。
何でこれが。いや、そんなわけは。いつの間に。違う。
纏まらない思考のまま恐る恐る近寄り、そして眩暈がしそうになった。

白く雪の様な色の鱗に覆われた身体。
鬣も同色で、翼膜だけが薄らと緑がかっている。

落とされた事でふらふらと定まらないその生き物をついさっき外したばかりの鎧についていたマントで包むと物凄い勢いで手荒い治療をしてくれた友の部屋に向かった。





「おい!」

「うわぁ、何びっくりした…!」

「待て、落ち着け…」

「びっくりはしたけど落ち着いてるよ。むしろ落ち着かないといけないのはアレスでしょ…」


驚くミュカの前でマントを逆さにすれば、べしゃりとさっきの動物がテーブルに落ちる。
それを見てミュカの目が見開かれた。


「…え…これ…ど、うしたの」

「俺にも分からん…!」


俺の目が腐っているとか、とんでも無い病に掛かっているとでも言わないのならば目の前のこれは――


「白、龍…」


ああやっぱりお前にもそう見えるか。






「どうしちゃったのこれ…!」

「鎧を外したら落ちてきた」

「落ち…って…ええー…それも、白…」


ミュカが信じられないといった表情で龍を再度見つめる。
両手の平では少し余るくらいの大きさのそれは明らかに未熟児。
そんなサイズで生まれて来て大丈夫なのか、とか一瞬頭をよぎったが、それよりも重大なのはその色だ。
雪の様な純白。
希少価値が最も高い色だ。
一生で一度、その龍から作られた代物をお目にかかれるかどうかと思う程のまれな生物の子が、生きたまま、目の前にいる。
それがどれほど重大な事なのか分かっているようで分からない。

テーブルの上に落ちた白龍は大分思考がはっきりしてきたのか翼を広げ目を何度か瞬かせている。


「そ…れにしても、龍の子供ってこんな小さいっけ?」

「まさか。成熟した卵のサイズで人間の大人程なんだぞ」

「だよねぇ…うわぁ、でも可愛いー」


ミュカはふふっと笑うと指を龍に伸ばそうとした。
途端に白龍は鬣を逆立たせ、身を低くし威嚇の体勢を取る。
当たり前だ。龍は人に慣れない。


ロォオン ロォオン


高く澄んだ鐘の音に似た啼き声が白龍から響く。
声帯が未発達なのか高さは違うがこの鐘の音は龍の威嚇音だ。


「うわぁいっちょ前に威嚇してる、可愛いー!」

「馬鹿、手を出すな」


白龍は希少価値が高く、そしてそれと比例するかのように気性が荒い。
その神々しく純粋そうな見た目と違って最も血を好む龍だ。
歴史の中で何人が白龍狩りの犠牲になったのか分からない。
子供だからと言って嘗めていたら何をされるか。


「大丈夫だよー。ほら、おいでおいでー」


へらっと笑ったミュカが白龍に更に指を伸ばした瞬間、カッと白龍が口を開いた。


「!馬鹿!」


慌ててミュカの手を掃えば、俺の手に白龍の牙が突き刺さる。
ぶつりという嫌な音と共に熱いような痛みが手の甲から走った。
口は小さいと言えど牙は鋭く、今も鼻に皺を寄せて食い千切ろうと唸りながら顎に力を込めている。


「アレス!」

「グギュゥウウ…」


慌てるミュカを無視し、白龍を睨み付ける。


「グゥウウウ…!!」

「…離せ」

「グゥウウ…!!!」

「離せ」

「グ、グゥウ…!!」

「離せと言っている…!」


思い切り睨み付ければ、白龍が怯むのが分かった。
敵意を持っていた目が泳ぎ、顎の力が抜ける。
睨み続けるとさらに挙動は不審になり、最後にはおずおず二、三歩下がると、牙が抜かれた。



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