秘かな産声 

この国、アージェンレギアは豊かな自然を有す広大な土地を持った国だ。
一つの民から出来た国の為、文化は一つに統一され、国内での争いは無い。
多くいる民に貧富の差は有れど、その差は小さい。
それはこの国が他の国に無い物を特産としており、それが国を潤しているからだ。



「隊長!城への連絡は完了、解体屋もすぐに来るそうです!」

「分かった。ご苦労。死傷者は」

「負傷者6名中1人が重体ですが、死者はいません!」

「死者が出なかったか…上手くいった方だな」


溜息を吐きながら後ろを振り返れば報告をしに来た部下も共にそれを仰ぎ見る。


「何度見ても雄大な姿ですね…」

「…ああ」


そこにあるのは先刻まで命のやり取りをしていた敵の躯。
しかし魂が抜けたただの抜け殻になってもその威容は全く無くならない。
むしろこんなモノと戦って生きていられる事が不思議に思えるのと同時に、神殺しをやってしまったかのような畏れが湧いてくる。

分厚い瞼を閉じ、四肢を投げ出しているそれは小高い丘程の大きさがある。
これが翼を広げ空を舞う姿など初めて見た時は背筋が震える程だった。


「紅ですから…かなりの高値で取引されるでしょうね」

「ああ。これでまた国も富む…」


一国の財政を担う程のそれは――龍(ドラゴン)。
その鱗は鋼の如く固く、それなのに硝子の様に薄らと透け、これを使った装飾品や武器は高値で売れる。
勿論それは素材自体の希少価値もあるが、その加工過程が手間暇の掛かる物であり、職人技を必要とするからでもある。
牙、爪、角、翼、骨、臓器…血の一滴たりともこの生物に無駄な所は無い。
武器、家具、装飾品、食料、薬品、魔具…色々な物に彼らは形を変え、そして国を潤す。

龍はどこそこ構わずいるわけでは無い。
いつもは人の手の届かぬ神の峰と呼ばれる山の高みで過ごしている。
それが繁殖時、この国…アージェンレギアの広大な森へと来る。
この森は龍の卵を育てるのに必要不可欠な魔力が古来より溢れているかららしい。
それを狙い、龍騎士と呼ばれる自分達が討伐に出る訳だ。

森にいる龍全てを捕える訳ではない。
城の学者達が龍の存在数、繁殖能力等を計算し、そこから導き出された頭数を捕える。
だから龍が絶滅に瀕する事は無く、彼らを財政の柱とした政治は1000年以上続いていた。


「隊長!この龍の巣らしき洞穴を見つけたと報告が!」

「分かった、今向かう」


返事をしながら再度雄大な躯を晒す龍を振り返り、その恩恵と先程の戦いに敬意を表して頭を下げると背を向けた。





薄暗い中、水滴が落ちる音が響く。
薄暗いと言っても高い天井はぽっかりと穴が空き、青い空が覗いている。あそこからあの龍は出入りしていたのだろう。
そんな大きな穴から降り注ぐ光はこの洞窟内を照らし切るには足りない。それほど広く、そして天井は高かった。
こんな洞窟がごろごろそこらにあるのだからこの森…いや、樹海の広さと深さは計り知れない。

冷えて少ししっとりした空間の中、光の当たらない洞窟の隅で大小様々な卵がぼうっと青白く光っていた。
人間の大人の大きさから、腕で抱えられる程の大きさから様々。
硬質そうな見た目に違い、指で押せば僅かな弾力が伝わって来る。
しかし外側からの衝撃にはかなり強く、中から破らないと中々破れないという代物だ。

龍はあの大きさに比べて吃驚するほど小さな卵を産む。
両手で持ち上げられる程…そう、人間の臨月を迎えた頃の胎児が丁度入りそうな大きさだ。
しかしそのサイズのまま孵化するわけでは無く、産み落とされた卵はそこから魔力を糧にして大きく育っていく。
その為に大量の魔力が必要となり、龍がこの森に来るわけだが。


「…結構残っているな」


足元で孵化をした事で光を失い、硬質になった卵の欠片をぱきりと踏みながら呟いた。
龍は一度に一個しか卵を産まないが、繁殖時期に何度も交尾をする。
と言っても、龍の交尾は通常の生物と大きく異なるが。

龍の生殖は雄が全てを握っていると言っても良い。
雄が卵を作る機能全てを持っているのだ。
雄は交尾相手を見つけると相手の体内に性器を挿れ、受精を行うのではなく魔力の交換を行う。
そして雄が体内で混ぜ込んだ魔力を卵に封じ込め、卵が満ちれば相手の体内に大人の握り拳二つ分くらいの大きさのそれを植え付ける。
雌は未熟な卵を胎内で育て上げると産卵し、そしてまた新しい相手を見つけるのだ。
だから同じ母親から生まれても、見た目が異なる龍が生まれるのは普通だ。

龍にはいくつか種類がある。
見た目・色が種類によって異なり、そしてそのサイズ・希少価値・捕獲難度によってつけられる値段も違う。
今回捕獲した紅龍は上の下と言った所か。
といってもそれ以上のランクの龍となると値段の桁が段違いになる上、今回の討伐に率いた部隊の倍…下手をしたらそれ以上の人数が必要となり、死傷者も6人などでは済まないだろう。

未熟な卵を見つめ、この世に生まれる事が無い事を心の内で詫びながら口を開く。


「魔術師に卵の大きい物から孵化を止める術を掛ける様にすぐ伝えろ。案外大きな物が残っている。
全て掛け終ったら解体屋にこの場所を伝える様に。後は彼らが処理をしてくれるだろう」

「はっ!」

「隊長、ここは冷えます。これを」


隊員の一人が蒼に染められたマントを差し出してきて少しげんなりとした。
自分はこれが余り好きではない。
確かに風や寒さを凌いでくれるが見てくれが如何にも隊長、という感がしてどうにも慣れないのだ。
…まぁ、この座についてもう4年になるが。

しかし自分の好みで部下の好意を無下にするわけにもいかない。
小さく礼を言うとそれを受け取り、鎧の肩の部分の留め金で身に纏う。


「隊長、解体屋が今し方ついたとの事」

「わかった」


傍にあった卵の一つを手の平で撫で上げ、滑らかなその感触に目を少しだけ細めながら踵を返す。



その時、誰も気づかなかった。
卵の間に身を潜め目を光らしていた存在が走り出て、僅かに翻ったマントの下に潜り込んだという事に。



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