主を護る耳飾り 


「一世一代の大仕事だ。この俺リドレス=アルガーの腕と技に掛けて引き受けよう」


その強い誇りを持っている職人の眼差しに、抱いていた懐疑が消えていく。
彼の様に誇りを抱いている人間がおいそれと他人に仕事の内容を喋るとは思えない。むしろこれは拷問に掛けられても口を割らないタイプだ。
それだけ自分の仕事に命を掛けている人間。


「よろしく頼む」


頭を下げ、上げる時にはアルガー氏はルーペで鑑定に入っていた。
暫くの無言の後、どこか不可解そうな、渋いような表情を浮かべて彼は顔を上げた。


「…失礼な事を言うが、こりゃあアンタくらいの位にいる人間が身に着けるにしてはえらい質が安くないかい?
金を持っているなら高い物を買えとは言わんが、この代物は金を掛けても良い物だろう?」


この代物――耳護飾(ヴェテーチ)と呼ばれるそれは、竜騎士が必ず身に着ける装身具だ。
デザインは様々だが、必ず魔術が込められた護珠が嵌め込まれている。
金属に織り込まれた術式、護珠と呼ばれる宝石とは異なる力を持った石そのものの力と、掛けられた魔術によって、攻撃の緩和から治癒能力の底上げ、解毒作用、と効果は異なるが、技を凝らした物は龍の一撃をも防ぐという。
持続性のある物もあるが大抵の物が効果は一度きりで、発揮後砕けてしまうがそれでも十分な代物。
最初は竜騎士になった時に身を案じる家族から――そして階級が上がると己で新調するのが通常だ。
竜騎士を束ねる立場ともなれば余程の物になるだろうが、彼の手に握られているのは新米騎士が持つようなそんな質の物。


「護珠は黒水晶(モリオン)か――ううむ、悪くは無いがこれまたえらい難しい性質の物を選んだな。
この機会に新調するつもりは無いのかい。これじゃあアンタ、付けていないも同然だろう」


アルガー氏がそう進めるのも無理は無い。
こんな代物では己の技が存分に披露出来ないから渋っている訳では決してない。腕が良い職人であればある程、隊長という立場の人間がこんな耳護飾を使っていたら変える事を進めるだろう。


「それも十分承知した上で、これの修繕を頼みたい…頼めるか」


変えるつもりは無い、と伝えると彼は顎下に拳を押し当てて唸った。


「…分かった。引き受けた。石もこのままで、修繕しよう」

「助かる」

「何か訳があるなら無理にはすすめられねぇ。ただ金具部分と台座部分はちと手を加えて良いかい?手を加えるっても見た目は今の状態と大きくは変わらない。
石の質は悪くない。変えようによってはもっと力を発揮出来るだろう。魔術も解け掛かってる部分があるな。掛け直しをする程じゃねぇが、補強と増幅を掛ける方向だな」


ああしよう、こうしようと既にこちらに向けてでは無く自分に確認するかのようにぶつぶつと口にしている姿に、やはりマダム・レジエは凄いと胸の中で彼女に礼を告げた。
こちらの意図を即座に理解し、組み込む。ここまですんなりと話の通るとは想定していなかった。
これならば例の代物もここの店に頼める。


「それと、魔力を封じる装飾具を作って欲しい」

「封魔具かい?」


構想を練っていた彼が宙に向けていた視線をこちらに向ける。


「どれくらいの魔力を封じるつもりだい?型は何にする?」

「型は問わない。小型の装着できる物で、華美にはせず、なるべく幅の変更の効く様にして貰えると助かる。魔力は…龍を」

「…なんだって?」

「龍を封じられる程の物を、頼みたい」


この世の全ての生き物の中で最も魔力を有している龍の魔力を封じるなど、現在の技では到底無理だ。
それでも実行するとすれば全身を覆う様な鎧に術を施すくらいの物でないと可能の望みは無い。
魔具の力の大きさは質や技に比例するが、同じようにその規模にも比例する。
大きければ大きい程――指輪と腕輪なら腕輪が、腕輪と杖なら杖がと言ったように、質の良い小さい魔具と、質の大きい魔具ならば時に質の悪い物の方が総合的な魔力が強い事がある程、魔具そのものの大きさというのは力に影響する。
つまり、小型で龍を封じるなど、出来る筈が無いどころか考えすらしない。
が、


「持てる全ての技を注いで作り上げて欲しい」

「…華美にせず、おまけに装飾品のような小ささ。それでいて龍をも封じる威力たぁ…アンタ、正気じゃないね」


そう言いながらも男の目は鮮烈に輝いていた。
まるでそれは餌を前にした獣。


「その口ぶりからすると金に糸目はつけないと取って良いかい」

「ああ、勿論だ」

「そりゃあ助かる。質が良い物を作るのはどうも金が掛かる」


ニヤリと笑いながら告げたそれは了承を表す言葉。
わきわきと指を動かしながら彼は嬉しそうに目を細めた。


「最近こういう馬鹿げた注文が少なくなって来てなぁ!久しぶりに血が沸きそうだ」


他にも注文はあるかい?という問いに首を横に振りかけ――少し曇ったショーケースの中に気になる物を見つけ目を止める。
それに気づいたアルガー氏が、ああ、と声を零した。


「質としては最高級と同等と言っても良いが、その分値段が張る。それだけならまだしも、年季が入ってるせいで性質に頑固な部分があるから中々素人には進められなくてな。売れ残っちまってる」


まるでとろけるような白に薄らと青味がかっている色。
青白というには青が足りず、しかし純白というには不思議な色を抱いている。


「少し青味があるだろう。磨けばもっと青味が増す。青…というよりか緑に近いかもしれんが。
この青味のせいで翡翠(ジェイド)最高級の羊脂白玉は名乗れんが、並ぶ質の良さだ。同等の粘りときめ細やかさがあるからな」


苦笑交じりに、アンタみたいな人が使ってくれるなら安心して譲れるんだが、とまるで娘を進める親の様な台詞に小さく笑いを引き出される。
護珠には十分すぎる程のそれを暫く眺めた後、


「ならば、これで――…」



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