薬が効くまで暫く椅子に腰掛けて待っていると、ミュカがカチャカチャと器具を揃え始める。
どこにしまってあるのか頭を悩ませる事無く、この部屋の至る所にある引き出しや棚から必要な物を取り出せるのはただ単に自室だからという理由だけでは無いだろう。
「…今度はどんな薬品を作るつもりだ?」
またもや恐ろしい物を作りそうで一抹の不安が過る。
それの実験にいつどこでなるか分からないというのはたまった物では無い。
「んー…今の所は新しい薬っていうよりも今あるものの改善が多いんだけど、今からするのは別に薬品の作成じゃないよ?」
カチャリ、と器具を置いて振り返りながらにっこりとミュカが笑った。
「ちょっとね、この白龍君を調べたくて」
「おい、こら、だからこいつを実験台にするなっていっただろうが」
ジタバタともがくアシュルを抑え付けるミュカに半ば慌てて制止の声を上げる。
暴れるな、と言ったからかアシュルの抵抗も本気の力では無いようだが、これ以上ミュカが変な事をしようとしたら言う事を聞かなくなる可能性が大だ。
「うん、実験台にするつもりは無いよ?」
「じゃあ何を…」
「性別をね、ちょっと知りたくて。アレスも知っといた方が良いでしょ〜?」
性別、という言葉に思わず止まる。
何となく雄だと思って接していたが、そうか雌という場合もあるのか。
「まぁ、男の子だろうと女の子だろうとアレスの態度は変わら無さそうだけど?
でも今後育てるならさー。どの段階でこの子が成熟し始めるのか分かんないけど、性別によってそれに合った育て方とかあるんじゃない?…まぁ、解明されてないとかいうのは置いといて」
確かに一理ある。
今は幼体であるため大丈夫だが、大きくなるにつれて体つきにしろ育て方にしろ違いが出てくるだろう。
後々驚き慌てるよりも、今知っておいた方が良い。
「…分かるのか?」
「うん、龍の生殖器の作りは蛇に似てるし、蛇なら一時期実験で使ってたからね、見分け方も得意だよ」
先の丸い金属の棒を取り上げ、それを軽くミュカは振った。
「詳しい事は置いといて、この棒を排泄孔に差し込むのね。男の子は結構深くまで入るんだけど、女の子はあんまりはいんないの」
「グルゥ…グククク」
金属の棒を消毒液で濡らし、脱脂綿で拭いたミュカはにこりと笑顔を浮かべて不安げに啼いているアシュルを見下ろす。
「はい、ジッとしててねー、痛くないからねー」
猫撫で声でまるで子供に注射を打つ医者の様な事を口にするが、逆にそれが不安感を逆撫でした様だ。
ぶわりとアシュルの尾の先の毛が逆立ち、紫の瞳が剣呑に煌めく。
「グググググ…!!!!」
「アシュル」
警戒音では無くとも不穏な鳴き声がアシュルの喉から発せられるが、名前を読んだ途端にピタリとそれが止んだ。
それどころか怒られないかと恐る恐るこちらを窺う目線を向ける。
「…大人しくしていろ、大丈夫だ。危害は加えない」
「ギウ…」
暴れる事をしなくなったアシュルにミュカが驚いたように目を見開くのが分かる。
「…へぇ、すごいね、もうそこまで手懐けちゃったの?」
「…元々からこうだ」
ふぅん、と返事を返したミュカの指が仰向けにされたアシュルの腹を押さえながら慎重に銀色の棒を操る。
「あ、男の子だね」
「そうか」
やはり雄だったか、と納得しながら鬣を撫でてやる。
「ついでにさ、個体調査しても良い?魔力とか血液とか、その他もろもろ…危害は絶対加えない!実験台にもしない!あくまでも健康診断みたいな感じでちょこっとだけ!ね?ね?」
お願い!と両手を合わせるミュカに溜息を吐く。
どうしても好奇心が疼いてしょうがないのだろう。
ちらりとアシュルに目を向ければ、今の性別判断で痛そうな素振りもストレスに感じていそうな様子も無い。
「…少しだけだぞ。こいつに負担が掛からないように配慮をするならば、だ。
頑丈な龍と言えど幼体で且つこの身体の大きさだという事を忘れるなよ」
「わかった!」
こくこくと頷くミュカに苦笑が零れる。
「アシュル、今からこいつがお前の身体を調べるが、噛みついたり暴れたりするな。手元が狂えばお前が怪我をする。ただし、少しでも痛かったり、身体に異変があればすぐに啼け」
「ギィ」
「…ねぇ、この子言葉分かってるの?」
「さぁ。ただ少しは理解している様だ。言っておくに越したことはない」
へぇ、とまた目を輝かせたミュカを横目で睨めば、大丈夫だってば、と笑って宥め用意していた器具を触りだす。
その仕草にもう準備をしていた事に気づき、やる気満々だったのかと何度目か分からない溜息を吐く。
そんな俺をアシュルが見上げ、そしてバッと翼を広げた。
「ギィイ!」
「ん?」
「うん?あ、」
二人同時にその様子に反応し、ミュカが振り向いてそしてこちらを指さした。