騎士の目覚め 

その後、龍騎士になるまで龍を目にする事はなかったが――…。

それにしても酷く昔の事を夢に見たものだ。
もう、母の顔も、兄弟姉妹の顔もはっきりとは思い出せないというのに。
別に怨んでなどはいない。今になれば、母の判断は仕方のない物だったと思っている。
龍騎士になった事で、随分と色んな事を知った。
アージェンレギアは富んだ国、貧富の差が少ない国…と言えど、全く無い訳では無かった。
影でこっそりと執り行われる子供の売り買い。足の裏に施される奴隷の焼印。
自分達の住んでいた北の国境に近い村々はアージェンレギア屈指の貧しい場所とされている事も知った。
それでも、路地裏で人間が飢えで死に、死体が転がっているという事は殆ど無いというのは富んでいる証なのだと。

『子供を売るしか無い程生活に窮している村がある国』、では無いのだ。
『最悪子供を売ればどうにか生きていける国』なのだ。

子供を売っても生きていけない、そんな国もあるのだと今では知っている。

――そして義父の事を思い出すとは、な。

あれから15になった3ヵ月後に都市で行われた龍騎士の試験に自分は難なく通る事が出来、その2年後、彼が望んでいた龍騎士となった。
2年で合格をしただけでなく、首席で通った事に彼はいたく喜び、『お前は俺が見込んでいた通りだったと』祝いの品と共に届いた手紙に何度もそう綴ってあった。
――その2年後、心臓の病で帰らぬ人となった彼だが、夢が叶って思い残す事も無かっただろう。

育ててもらった恩として決まった月に送金していたのだが、それをどうやら全て酒に変えていたらしい。
それなりの額だったためにそれ以上の金をせびられる事は無かったが、それでもそれを酒に変えていたとしたらそれなりの量で。
棺の中に収まっていた彼はやけに小さくなっていた。

龍騎士になってから義父の村に帰ったのはその葬儀の時のみだ。
それ以前も、それ以降も、少ない長期の休暇を貰っても一度も帰る事をしなかった。
それは彼が生きている間もその必要性を感じなかっただけで、死んだ今は猶更必要が無いと感じている。

寝たというのに濃い内容の夢を見たせいでどこか疲れが残っている様な身体を伸ばし、溜息を吐いた。
その時何か異臭が鼻先をかすめ、眉を寄せる。
どこか水っぽい様な、どこかで嗅いだ事のある匂いだ。


「…?……!!」


何に似ているのか気付くと、己の布団を捲り、勢いよく隣を見た。
そこには身体を丸めている白い龍がいたのだが、既に起きていたのか上目使いでこちらを見つめた。
その眼差しがどこか申し訳なさそうなのは気のせいでは無いだろう。


「お前…!」

「……キュゥ…」


起きているというのに丸めたままのその白い身体の下には、それよりもずっと大きく黄色い染みが広がっていた。




粗相をしたアシュルの首根っこを引っ掴み、洗面台で洗ってタオルで拭く。
まさか夜尿をされるとは思ってもいなかったが、相手は外で生活をする龍で、おまけに生まれたばかりだ。
こういうのは叱ってはいけないらしい――というのは、人間の赤子の育て方だが、してはいけない事をしてしまった自覚はあるのかどこかしょげているアシュルを責める事はせず、ただ身体を拭いた後頭を撫で、「気にするな」とだけ口にした。

困ったのは汚れてしまったシーツだが、朝食に出されたコーヒーをその上にぶちまけ、汚してしまったすまないと昨晩の例の小間使いの少年に押し付けた。
ベッドの上で跳ねながら飲んだのかとでも言うような豪快なぶちまけ様に少年は何も言わず、それどころかいつもとは違う仕事を任された事に頬を紅潮させながら「すぐに綺麗な物をお持ちしますね!」と腕に抱えて走り去っていった。

少年からシーツを受け取り、ベッドメイキングを自分で済ませた後、昨夜から考えていた事を実行するためにクローゼットから生成色のローブを取り出した。
飾り気の無い、別段上質でも無いそれを腕に広げ、アシュルを見る。


「来い」


手を伸ばして掛けた一言にアシュルが嬉々としてよじ登って来る。
粗相をして凹んでいた気分はどうやら朝食の際に吹き飛んだようだ。
腕にとまったアシュルを広げていたローブで包む。


「今から城の中を移動する。動くなよ、音も立てるな。良いな」


僅かに顔だけ覗かせたアシュルに言い聞かせる様に話せば、理解をしたのか一声啼くともぞりと自らローブの中に顔を隠した。

向かった先は同じ塔内にあるミュカの部屋で、人気の無いため誰にも会う事も無く辿りつけた。

ノックの後、ミュカの返事を得て扉を開く。
また徹夜をしたのかどこか乱れた髪のままミュカが振り返り、ローブを目に入れてああと頷いた。


「街にお出かけ?珍しいね、龍狩りの後には3、4日休みが貰えるっていっても出かけるなんて」

「ああ。少し買い揃えたい物がある」

「ん、じゃあまたいつもみたいに変装する?」

「頼む。それと出かけている間、コイツの面倒も頼みたい」


腕に掛ける様にしてカモフラージュしていたローブを広げ、中からアシュルを出すと、流石にそれは想定していなかったのかミュカが目を見開く。


「え、僕に?良いの「言っておくが危害は加えるなよ。実験台にもするな、絶対だ」…はーい」


目を輝かせたミュカにすかさず釘を刺せば、唇を尖らせて不服そうに返事をした。
アシュルはというとミュカに警戒しているのか、身体を強張らせている。
鬣を何度か指で撫でてやると幾分かそれも解れたが、ミュカから目を離そうとはしなかった。


「もー分かった分かった。そんな目で見ないでよ二人とも。二人?一人と一匹?」


ぶつぶつと呟きながら、書物や書き殴った紙切れの山を掻き分け瓶を取り出す。
藍色の種子の様な大きさの丸い物が半ばほどまで詰まったそれは、振られてカラカラと涼しげな音を立てた。


「少しは部屋を片付けたらどうだ。正直、いつ間違った薬を渡されるかとひやひやする」

「僕には何がどこにあるか分かってるからいーの。はい、3粒ね」


手の平にコロコロと乗せられたそれを、眉間に皺を寄せて見つめながら礼を口にする。


「なぁに、心配なの?間違ってないから大丈夫だって」

「いや、疑っている訳じゃ無い。ただ…これを飲むには些か覚悟がいるからな」

「あー、不味いもんねぇ、それ」

「…味の改善は出来ないのか」

「目下取り組み中」

「…」


深い溜息を吐くと、覚悟を決めて口に放り込み奥歯で噛み砕く。
途端に悶絶したくなるような苦味が咥内に広がって、刻まれている眉間の皺が更に深くなるのが分かった。
気付けのための苦味の強い丸薬を飲んだ事があるが、それとはまた別の苦さだ。
どうにかならないものなのかと歯に詰まっている欠片を舌で押し出し、喉の奥へと流し込む。


「毎回思うけど凄い顔だよねー。人殺してそうっていうか、その顔だけで人殺せそう」


けらけらと楽しそうに笑うミュカを見て、こいつはわざと味の改善をしないのではないだろうかと思い、更に口の中が苦く感じた。



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