黒曜石の過去E 

老人に言われた様に、剣を片手に森の中を進む。
何度か魔獣にも出会ったが、大きな物でも腰の高さ程で対処出来ない程では無かった。


「…これか」


半刻ばかり過ぎた頃に、話に出ていた洞窟らしき物を見つけた。
大人一人が漸く入れるほどの、洞窟、というよりは割れ目の様に思える。
用意してきた松明に火打石で火を灯し、中を照らすと静かに1歩踏み出した。

湿っている空気が鼻先を擽るが、黴臭くは無い。
僅かに肌寒く感じたが、松明の熱で手先は温かった。
どれくらい時間がたった頃だろうか。
ぽつりと先に光が見えて、歩く内にそれは大きくなり、それに飛び込めば一瞬目が眩んで一面の青空が俺を出迎えた。

出窓の様に足元が出っ張っている為に洞窟から出たと思えば真っ逆さま、なんて事は無さそうだが余り飛んだり跳ねたりしたいと思う場所では無かった。
広さ的に余裕が無いという訳では無いが、こういう場所が根本から崩れ去って落ちる、なんて物語はありきたりな程ある。

松明の火を消すと、出っ張りから1歩下がった洞窟の中に座り込んだ。
眼下は目が眩む程遠く、空は高い。遠目には驚くほど広く、青々とした森が広がっていた。
あそこがきっと、龍が子育てに来る森に違いない。

本物の龍を、見る事が出来るだろうか。
そう思いながら、遠い遠い空を見上げていた。




真上にあった日が傾き、青い空が橙に染まるまでその場で待っていたが、龍の姿は見る事が出来なかった。
稀に、と聞いていたので勿論大きな期待はしていなかった。が、それでもやはりガッカリする物はある。
しかしこれ以上ここに居ては家に戻る前に日が暮れてしまうだろう。
溜息を吐きながら、松明に火を再度灯した。

自分が、大きな過ちを犯している事にも気づかずに。





――何故。

はぁはぁと息が切れる。
荷物は松明の他には火打石と縄、そしてウォーレンに初めて貰った剣しか持っていないというのに、それが酷く重く感じる。

――行きと、違う。

道は何一つ変わっていない。
そんな魔窟の様な場所では決してない。
ではどうしてこんなにも、こんなにも。

――道が、長い。

出口が見えない事にとても焦る。
さっきから足を動かしているのに、さっぱり前に進めていない気さえする。
焦れば焦るほど、背中に背負っている剣が重みを増している様な気がした。


それは誰しもが経験をした事がある物だった。
期待に胸を膨らませ、目的があって進む道程足取りが軽く、長い道のりを苦と思わせない物は無い。
そしてその逆も。
期待を裏切られ辿る道は、行きと同じ道のり、同じ長さであろうとも長く長く感じさせる。
それも、いくら休んだと言えど、行きと違い帰りは体力に差がある。それが子供の身体なら猶更。

自分が子供であるという意識の脱落。

それが犯した過ちだった。



洞窟を抜けた時には日は沈み切り、月が昇っていた。
いくら松明があると言えど、暗い森は恐ろしく、更に売られそうになったあの日の事を思い出させる。
上がりそうになる息を背負っている剣に手を置き、心を落ち着かせて鎮め、家までの道筋をきちんと思い起こして足を踏み出した。

ガサガサと音を立てて歩く。
松明で足元を照らしているが、数歩先は見えない状態だ。
不安で心もとなくなるのを、他の事を考えて必死で逸らした。

――月が、明るい。

木々に遮られて時折しか見えないが、どうやら満月の様だ。
これが冬で、葉が落ちている時期だったのならばきっと松明はいらなかっただろう。
それを残念には思わないが。
冬ならば確かに月の光は届くだろうが、山頂付近のここは寒さも厳しく雪も積もるに違いない。
雪で道が分からなくなり、森で迷った子供を待っているのは十中八九凍死だろう。

そこまで考えて舌打ちをしそうになった。
他の事を考えようとしたのに、どうしてこうもマイナスな事しか考えられないのか。
寒さに凍え死んでいく場面を想像してぞっとした背筋を温める様に足を速める。
が、ふと遠くから水のせせらぎが聞こえて来て元の速さに戻った。

そう言えばこの森には大きな泉があると聞いていた。
大きさ的にはそうでも無いそうだが、深さがとてもあるらしい。
何でも山のひび割れから水が噴き出して出来ている泉だとかで…。

きっととても澄んだ水なのだろうな、と思った途端喉の渇きを覚えた。
考えてみれば、家を出てから小さな木の実以外何も口にしていない事に気が付いた。
空腹には慣れっこだが、渇きは流石に辛い。

――家まで後1刻弱はある。

寄り道をしない方が良いかもしれないが、このまま歩き続けたらどちらにせよ歩みは遅くなるだろう。
それならば一口くらい喉を潤してからの方が効率的には良いかもしれない。
そう思うと、気が付けばふらふらと泉の方へ足を向けていた。

今思えば、あれはまるで――何かに誘われていたのかもしれない、と思う。



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