黒曜石の過去D 

家に帰り、与えられた小さな自室に入るとランプに火を灯し、あの老人からもらった本をまじまじと見つめてみた。
分厚くページはバサバサで表紙には染みがいくつもある。
余程使い古しているのかと裏返してみれば、そこには“レント=クヴェイレル”という掠れたサインが入っていた。
あの老人の名前だろうか…と思いながら本を開くと、そこにはびっしりと文字が掛かれ、いたる所にメモが挟まれたり、見た事も無い獣の全身または部位の挿絵が描かれていたりしていた。

――日記、みたいな物だろうか。

日付が最初に書かれ、そして記述が始まる。
最初の1ページを開いて目を落とした。



日記に書かれていたのは信じられない事に龍の生態と龍騎士の龍狩りについてだった。
今までウォーレンに教えられ、与えられた教材のどれよりも詳しく、龍がどの様な姿なのか、何を食べ、どこが弱点で、どのように攻撃してくるのかという事が書き記されていた。
そしてそれだけでなく、何年何月何日にどの種類の龍をどの様に狩ったか、死傷者の数から傷の様子まで。
読めば読む程、龍という生き物に対する興味が湧き、そして知識も深まった。
気が付けば部屋に一つしか無い窓から朝日が差し込み、夜を明かして読み耽ってしまっていた事に気が付いたくらいだった。





「どこに行けば龍を見れる?」


早朝、いつもの鍛錬をする場所に再びいた老人に開口一番聞いた。


「どこに行けば、本物の龍を見る事が出来る?」


老人は眩しそうに目を何度か瞬かせた後、ふっと笑みを頬に浮かべた。


「何故そんな事を聞く?」

「龍に…興味が湧いた」

「ほう」


嬉しそうに老人が笑みを深める。


「どんな興味だ」

「……あんたがあの日記の書き主なのか?」

「ああ。……儂は元龍騎士でな。余生をこの生まれ故郷で過ごしたいと戻って来たのだよ」


じゃあその足は、と聞けば苦笑交じりに最後の最後に持って行かれたと老人…レントは言った。


「…」

「…で、アレス。どんな興味を持ったんだ」

「興味…というか、疑問…かもしれない」


龍騎士だった相手に言っても良い内容なのかが分からずに口籠り、僅かに俯くと地面を爪先で少し弄る。
それをレントは穏やかな眼差しで促した。


「……龍、というのは俺達人間よりも遥かに強い。彼らが本気で人間たちに攻め込んで来たら、勝つ術は無い…気がする。
それなのに何故彼らは攻め込んで来ないのかが分からない。
確かに神の峰には人は踏み込めない。でも、繁殖期には仲間を殺されて、もしかしたら明日は我が身かもしれないのに…」


もし人間ならば即座にその種を滅ぼすまで討伐を続けるだろう。
命を脅かす存在、それだけで恐怖の対象には十分すぎる。なのに何故。


「儂の爺様から聞いた話だが…」


レントがそっと口を開いた。


「人と龍の間には古くからの盟約があると言う。
それを人間が守り続ける限り、龍が潰える程の数を捕えないのならば、龍は仲間を狩られた報復をしないと、今でも龍はそれを守り続けている。だから龍が人間を滅ぼす事は無いのだと。
…それが本当かどうかも分からん。人が、物に書き記し残す、という行為を知らなかった頃からの物だそうだ…」

「?人間は何をすると約束をしたんだ?」

「さぁ…爺様もそれは知らんと。何とも都合の良い話だがな…。口伝えの内に人の記憶から掠れてしまったのか…ただの作り話なのか…」

「…」


その話に違和感を覚える。
龍は確かに強い生き物だろう。しかし約束を守るという事が出来る程、高度な知識を持っているのだろうか。
何千年もの昔の約束。龍の寿命は数百年らしく、つまりその話が本当ならば龍はその約束を記憶し、子孫に伝えて行っているという事だ。
そんな事が獣に出来る訳が無い、と思うと同時に龍ならば…という証拠の無い考えが頭を過ぎる。

それらの矛盾でさえ、本物の龍を知れば分かる様な…そんな気がした。


「…龍を一目だけでも見てみたい。それで何か分かる様な…そんな気がするんだ…」


龍達が居るという広大な森はここから離れている。神の峰から降りてくる繁殖期も半月程前に終わりを迎えてしまっていた。
一目見える可能性すら低いが、元龍騎士のこの老人だったら…という気持ちで縋る様な目を向ける。
レントは考える様に目を伏せていたが、ふと丘の向こうにある小さな森を指さした。


「お前さんはこの村がそこそこ高い山の峰にあるのは知っとったか。
…あの森の中に洞窟があってな、そこを抜けると山の反対側に出る。まあ、行き止まりで崖になっとるんだが…。
そこからならちらりと龍達が繁殖をする森の端が見える筈だ。繁殖期も終わってしまったが、まだ半月程過ぎただけだ。
もしかしたら…遠目に空を舞う龍の姿を拝めるやもしれん」


そう遠くは無い、1日もあれば行って帰って来れるだろう、と言う老人は始終微笑みっぱなしで。
それは珍しい花でも見つけたような、そんな喜びに溢れた物の様に見えた。



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