黒曜石の過去C 

ある日、村はずれの丘でいつも通り剣の鍛錬をしていたら、低く穏やかなしわがれた声に笑われた。
後ろを振り向けば、気配は無かったのに一人の老人が石の上に座っていた。


「坊主、お前さんいくつだ?」


にっこりと笑った老人は杖の上に顎を乗せ、急な質問を口にする。
よくよく見れば、老人の右足は膝から下が無かった。


「13」

「ほう、13でその腕は中々だな。いつから剣を始めている?」

「11」


そう言った途端、老人の顔から笑顔が消えた。
真剣な表情になり、声音からも穏やかさが無くなる。


「…お前さんに剣を教えているのは誰だ?」

「ウォーレン。ウォーレン=ウェルメード。この村で良く酒屋とかの用心棒をしている男だ」

「あやつか…坊主、お前さんの名前は」

「アレス=ウェルメード」

「何っ!ウォーレンの息子か!」

「いや、俺は養子」


事も無げにそう言えば手招きをされ、近寄ると顎を掴まれてじっと見つめられた。
老人にしては酷く澄んでいる茶色の瞳が覗き込む。


「…龍騎士は諦めたと思っていたが、まさか養子を取ってまでとはな。
……それも中々の逸材を…。腐っても剣士という事か…」


溜息を吐いて老人が手を離した。


「坊主…アレスと言ったか。お前さんも龍騎士になりたいのか?」


その質問に小首を傾げる。
龍騎士になりたいかどうかなんて考えてもいなかった。
今ある確実に質の良い生活。それを維持する代価に自分はこういった鍛錬をして…ウォーレンの期待に応えているだけなのだから。


「…さぁ」

「さぁ…ってお前さんの将来に関わる事だろう」

「俺はウォーレンに金貨15枚を払うまで、命も運命も、ウォーレンの物だから」


そもそも買われた直後なら金貨15枚でも良かったかもしれないが、今では生活費等も加算されて15枚ではダメかもしれないとぼんやりと思った。


「金貨…?…お前さん、ウォーレンとの関連は一体何だ。親族か?孤児院からでも引き取られたか?」

「子売りに売られそうになったのをウォーレンが買い取った。焼き印を入れられる前だったから普通の値段よりも高く売られた」


それを聞いて老人は目を見開いた後、頭を抱えてみせた。


「何と言う…そこまでしたか、ウォーレンは。
良いか、坊主。人の命も運命も、将来も、金でどうこう出来るもんじゃない。
確かにお前さんはウォーレンに恩はあるかもしれんが、その恩はまだ幼いと言っても良いお前さんの将来を捧げる程の物じゃあない。
良く考えてみろ。ウォーレンはお前さんより早く死ぬだろう。その後お前さんはどうする?龍騎士を続けるのか?それは奴隷と何ら変わらん。亡者に尽くす奴隷だ」


しっかりとした眼光を見返しながら、じゃあどうすれば良いんだと胸の内で思った。
母に金貨3枚で売られ、自分は物になってしまった。
己の力で稼ぎ、それを返すまでそれから逃れる事は出来ないだろう。
そして金貨15枚なんて大金は13歳の今の自分には到底返せるものでは無く、大人になっても返すのに数年は掛かる。


「お前さんは何になりたい?何をしたい」

「…俺は…」


俺はただ、寒さや飢えに困らなければそれで良い。それ以上の何もいらない。
他に欲しい物なんて…何も。


「なりたいものも、したい事も無い。ただ稼いで生きていけるなら」


その答えに痛ましい物を見つめる様な目を向けて、老人は静かな口調で喋り始めた。


「お前さん…龍騎士はどんな存在か…龍騎士の意味は知っているかい」

「…?龍騎士は剣を究めた者が受ける最高の称号。龍を狩る権利と力を得る者」


ウォーレンが口にしている通りを口にすれば、呆れたように首を振る老人。


「違う。…あやつはそれで龍騎士になれんかったというのにまだ気づいてないのか。
龍騎士とはな、『龍を狩る騎士』では無い。『龍の様に気高い騎士』だ。
力を得、道を究める先にある物では無い。龍と対等に戦い、国を潤す為に働く者だ。
これが分からんお前さんは龍騎士にはなれんよ…。無駄だ。剣など習わず、他の事を学んだ方がずっと将来の為になる」

「…」


別に龍騎士になりたいとは思っていなかったが、無駄だと面と向かって言われて良い気になる訳が無い。
思わず目の前の老人を睨めば、じっと見返された後、「ついて来い」と言われた。

片足が無いのを杖で代用して上手く歩く老人。
それでも結構上手に歩ける物だな、と思っていると小さな小屋に着いた。
老人は戸を器用に開け、中に入ると暫くして一冊の薄汚い本を持って出て来た。
それを手渡され、意図が分からずに老人を仰ぎ見る。


「…それをお前さんに貸してやろう」


老人の顔は何かを堪えている様な何とも言えない表情をしていた。


「…今のお前さんは龍騎士に向いとらんよ。剣の天分があろうとも、お前さんじゃあ2回目の試験は通れんだろう。
……いや、龍騎士という物自体ならん方が幸せになれるのかもしれん。
でも儂は…お前さんには剣だけでなく、龍騎士の天分もある様な気がするんだよ。
…その最後の物さえ芽生えれば、お前さんは龍騎士という称号の中でも類を見ない程の物になれるやも、と。そしてウォーレンにはそれを芽生えさせる事は出来ん事は確実だ。
これを渡す事がお前さんに幸となるか分からん。…だが、この老いぼれの人生の最後に、後世に名を残すやもしれない程の逸材の仕上げの一磨きを出来るかもしれない、という甘美さは…到底我慢出来る物では無い…。
これを読んで、お前さんの考えに何も変化が無ければ諦められるが…何か変わるやもしれん」


一度でいい。これに目を通してみてくれ、とまるで祈る様に重々しく言った老人に、頷く事しか選択肢は無かった。



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