黒曜石の過去B 

ざくざくと地面を踏んで男が森の中を歩く。
その大きな節くれ立った手に肩を掴まれ、意味が分からずに男を仰いだ。
この男は自分を助けるつもりは無いような事を言っていた。それなのに何故。


「坊主、俺がお前を助けたかと思ったか?」


ふいに男が沈黙を破る。
その問いに静かに首を縦に振ると、男は鼻で小さく笑った。


「違う。俺はお前を金貨15枚で買ったんだ。お前の命もこれからの運命も、全て俺の物だ。分かるな?
もしかしたらあの子売り達に引き摺られていった方がまだましだと思う様な事が待ってるかもしれん。
それでもお前は俺に最低でも金貨15枚返さない限り、俺からは逃れられん。良いな」


傲慢そのものの様な、でも筋が取っている様な事を言われ、頷くしかない。
せめてもの己の意思として男を僅かに睨めば、良い目だと逆に男を喜ばせるだけだった。


「坊主、お前の名前は何だ」

「……アレス。アレス=パシリオ」


何とも農民らしい名前だなと男が嘲る様に呟いた後、暗闇の中でも光って見える様な瞳でこちらを見ると


「今からお前はアレス=ウェルメードと名乗れ。
俺の名前はウォーレン=ウェルメード。お前は俺の養子になるんだ」





男…ウォーレンが奴隷として売り出された様な子供を養子に迎え入れたのはそう難しい理由では無かった。

自分の跡継ぎが欲しい。

ウォーレンは40半ばで、妻もいなければ子供もいない。
一度は結婚をした事はあったが、何度褥を共にしても一度も子供が出来なかったのだと言う。
それは妻に黙って他の女を抱いても同じだったのだそうだ。


「俺の方に何らかの問題があるんだろうさ」


ある日酒を飲んで酔ったウォーレンはそう零した。
小さな村では子供が出来て漸く夫婦、と認められる様な風習が昔からある。
長い間共に暮らしているのに全く子供が出来ず、白い目を向けられる事に耐えられなくなった妻はある時置き手紙を残して出て行った。


「別に妻など、あいつなど今ではどうでも良い」


吐き捨てる様に言ったウォーレンは酒を煽り、据わった目で言葉を続けた。


「俺には…俺には夢があった。剣の道を究め、その道の頂点に…龍騎士に、なる事…っ」


ダンッ!とグラスをテーブルに叩きつける。


「俺は居酒屋の用心棒なんかする為に剣を学んだんじゃない。道を究めて…きわめて…。糞!俺の何が駄目だってんだ!どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって…っ何が力が足りないだ。器が無いだ…っ畜生…っ」


叩きつけた衝撃でテーブルの上に散った酒を見つめながら俺は夕食の硬い肉を咀嚼する。
ぶつぶつと呟いていたウォーレンは俺を指さすとがなり声を上げた。


「俺はお前に俺の全てを教える。学問も、剣術も全てだ。
俺は分かってる、お前は中々の逸材だ。あの出会った時に俺の一発を交わしたあの身のこなし…お前は磨けば光る石だ。
必ず俺が…俺ならば…お前を光らせる事が出来る。そうしてお前は俺がなれなかった龍騎士に…龍騎士…に…」


そう言いながら大きな音を立ててテーブルに突っ伏すと、大きな鼾を立てて寝始めた。
それを一瞥した後、食器を流しで洗い、薄い毛布をウォーレンの肩に掛けた。

ウォーレンに買われ、連れてこられた村は自分の生まれたあの村よりもずっと大きかった。
それでも小さい村なのだと言われ、では自分の生まれたあの場所は一体何だったのだろうと思いを馳せている間に小さな――でもやはり自分の家族が住んでいた家よりもしっかりとしている家に連れて来られ、足枷を外されて風呂に突っ込まれ、家族と一緒に住んでいた時ならばおろしたてと何ら変わらないくらい良い服を着せられてこうやって一緒に暮らしている。

ウォーレンは言葉通り俺に学問を、剣術を叩きこませていった。
初めての剣の扱いに手はマメが出来、潰れ、下手な動きをしてしまった時には爪がはがれたりもした。
毎日の鍛錬は辛い物だったが、穴の開いていない服に隙間風の入らない家、薪の心配をせずに火が灯る暖炉。
ウォーレンと生活を始めて、初めて食事は2食では無く3食摂る物なのだと知った。
ウォーレンの教育は厳しいが、理不尽な事で手を上げたりはしない。酒でがなり立てる事はあっても父の様に殴る蹴るの暴力を加えられた事は無かった。

鍛錬の厳しさなど、今までの生活で感じた辛さに比べたら何でも無い。
与えられた新しい生活は満たされた物だった。

ウォーレンが言う『龍騎士』という物も教えてもらった。
剣の一流の使い手のみが得られる称号。
15の時に城で行われる試験に合格をすれば、見習いとして養成をされる。
そして2年後の17の時に再度試験を行われ、それも合格すれば龍騎士の一人として軍団に配属され、『龍』を狩る一端を担う事になる。
ウォーレンは見習いまで行けたそうだが、2回目の試験で落ちたのだそうだ。
最初の試験は15の時にしか受けられないが、2度目の試験は見習いになった者は何度でも受けられる。
2年毎に行われるその試験をウォーレンは6回受けたそうだが、全て不合格。
歳を取るにつれ衰える一方の力量に見切りをつけ、生まれた村に戻って用心棒紛いの事をして金を稼いでいるのだそうだ。

元見習いだっただけにウォーレンは結構腕っぷしがあるらしく、村では一目置かれているようだった。
それは剣の教え方もそうだった様で、自分でも分るほど、腕前は上がって行った。



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