黒曜石の過去A 

いきなり首に腕をかまされるが、それを紙一重で躱す。
といってもそれでバランスを崩し、もんどりうってその場で転がる。
慌てて身体を起こし逃げる為に足に力を入れた瞬間、腕を掴まれ、それを振りほどこうとすれば後ろ手に捻り上げられて再び地面に押し付けられた。
『捕まった。』
その絶望にガチガチと恐怖で歯が鳴ったが、捻り上げていた腕の力がふと抜けると脇に手を入れて俺を立たせる。


「何だ、野盗かと思えばただのガキか。おいお前どこの子だ」


暗くて相手の顔は見えないが、荒々しい動作で俺の身体の泥を掃っていく。


「お、おれ、ちが、逃げ…っ」

「おいおい落ち着け坊主。確かにいきなり一発入れようとしたのは悪かったが………ああ」


ふと男が黙り、納得したように頷いた。


「…奴隷として売られそうになった所を逃げて来たのか?坊主」


がくがくと頷き、肯定を示す。
あいつらから逃げれば、この男に助けてもらえればどうにかなると思っていた。
しかし


「ダメだろうが、商品が勝手に売り手の手から逃げるなんぞ」


男の言葉にざぁっと血の気が引く。
どうして助けてもらえると思ったんだ。商品でしかない俺を助けたらそれはただの盗みだ。
世の中の仕組みの冷酷さをひしひしと肌で感じ、足元から地面が崩れ、奈落の底に落ちていく様な絶望を味わった。
男は頭から足の先まで見つめ、また頭まで戻り、身体の至る所…特に足と腕を撫で回して最後に目を合わせてじっとこちらを見据えると鼻で笑う。そんな値踏みをされる様な屈辱さえも今の自分にはどうでも良かった。
後ろで腕を一纏めにして掴まれて身動きが出来ない中、足音と茂みを掻き分ける音が近づき、とうとう追手がこちらを見つけた。


「おいいたぞ!畜生、手を掛けさせやがって…!」


大きな掛け声にびくりと身を竦め、身体が震える。


「アンタ捕まえてくれたのか、助かる。……そいつはちっと悪戯が過ぎた餓鬼でな。こっちに寄越してもらえるか」


商人の一人が俺の腕を捕まえていた男に気が付くと、瞳に警戒の色を浮かべながらも笑みを浮かべてみせた。
やはり薄々とは気づいていたが子売りというのは余り宜しく無い商売の様だ。
男を窺う様な笑みを浮かべながら、商人がこっそりと刃物を身体の脇で用意するのを鈍い光で気付いた。


「ああ、何もそんな警戒するな。コイツは商品だろう?商品を盗むつもりは無い」


男がそう言うと、商人は一瞬目を見開いたが、すぐににやりと笑みを浮かべた。
それはさっきとは違った、同族に向ける様な笑み。
物分りの良い相手で助かった、と言いながら手を伸ばした商人から男が俺の肩を掴んで1歩下がる。


「商品を盗むつもりは無いんだが」

「…あ?」


途端に商人の瞳にに引っ込んでいた警戒の色が滲む。


「商品を買うつもりはある。コイツはいくらだ?」


商人はきょとんとした後、吹き出し、笑い始めた。が、それも時間にしてみれば短く、すぐに表情が変わる。
それは今までのどれとも違う、“商人”としての顔だった。


「商売の話は嬉しいがな、そいつはまだ売れねぇ。焼き印が入って無いんだ。
これくらいの年頃の男が好みか?なら次ここを通る時に別の奴を――…」

「いや、焼き印が入っていないからこそ欲しいんだ。あんたらには迷惑を掛けんよ。何なら相場より多く払うぞ」


相場より多く、という言葉に商人の目が厭らしく光る。


「…通常はガキ1人に付き、金貨で10枚だ。それをあんたは何枚払う?」

「12枚でどうだ」

「15だ」


12枚という提案に即座に商人が15という数字を出した。
元からそういうつもりだったのだろう。
相手の懐具合を提案してきた金額で探り、ぎりぎり出せるであろう金額を提示する。


「15なら売ってやっても構わねぇ」


そう目を光らせながら言った商人に、男は懐を探ると皮袋を取り出して足元に投げた。
重い金属の擦れる音を響かせて袋が落ちる。


「丁度15だ、これで良いだろう?ああ偽金とかじゃない、全部混じりけのない金貨だ。この目でちゃんと確かめたからな」


商人は目を瞬かせながら足元の袋と男を交互に見ている。
まさかこんなあっさりと、そして本当に買い取るとは思わなかったのだろう。


「言っておくがそれ以上は出せないからな。今日は運が良くて賭けに勝ちに勝ったから丁度懐が温かかったんだ」


口を開きかけた商人の先を言わせない様にと男が素早く口に出す。
確かに男の服装はこれと言って裕福そうな物では無く――と言っても、今まで自分が着ていた服よりかは断然質は良いだろうが――金貨15枚もぽんと払えた事に違和感を覚える程だった。
商人はしばらく悩んだ後、手の掛かる子供を折檻するよりも通常の1.5倍の値段を払ってもらって売ってしまった方が得かと考えたのか、渋々といった態で袋を拾い上げ、袋から金貨を取り出して数えると頷いた。
それを見届けた男は俺の肩をがしりと掴むと


「それじゃあこの坊主は俺が貰って行くからな」


そう言って商人に背を向けた。



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