寄り添う寝床 


「馬鹿、止めろ」


静かにそれを制す。
この傷は小さな白龍にとって大きすぎるだけでなく、生れ落ちたばかりでさっきも魔法を使った身体では負担が掛かるのが目に見えている。
魔法というのはいくら白龍と言えど無限に使える訳では無いのだ。
力が底をつけば使えなくなるし、それでも使おうとすればそれは命を削る行為に等しい。


「…気持ちだけは有り難くもらっておく」

「グルゥ」

「……これは治さなくて良い傷だ。だからお前は気にするな」


この痛みと共にこの身に刻まなければいけない。
だからどんな良薬をミュカが発明しようと、傷そのものを消してしまう事はしたくないと思っていた。
傷を見れば思い出す。
自分が息の根を止めた猛々しい龍達の事を。


「だから良いんだ」


再度そう言いながらアシュルの首に金の輪を嵌め直し、自分の包帯も新しい物に変える。
そんな深い火傷ではないが明日の朝もう一度ミュカに見てもらう事にしよう。
包帯が巻き終わるのを見計らったのかアシュルはもぞもぞと身動ぎをした後、ちらっとこちらを見るとそうっと尻尾を腕に乗せてきた。
鱗に覆われた尾がまるで撫でる様に白い包帯の上を小さく往復する。


「……」


胸が何とも言えない疼きを伝えて来て口を噤む。


「…お前は、」


指を伸ばし、顎の下を撫でれば心地よさそうに目を細める白龍。
口にしようとした言葉を済んでの所で呑み込んだ。
余り言葉を掛けてはいけない。それだけ情が移ってしまう。
奥歯を軽く噛みしめると白龍の首根っこを掴み、ベッドから離れた机の上に下した。


「俺は寝る。お前の寝床は明日用意してやるから今日はそこで寝ろ」


そう言いながら、流石にそのままでは辛いかと一瞬思ったが甘やかしてはいけないとその考えを振り払う。
そもそも龍は洞窟の中で寝ているのだ。木々を敷き詰めていたりすることもあるが、つまりは野外。
少しばかり肌寒いかもしれないが風も吹いていない安全な室内だ。このままで十分だろう。
ただずっとそこで、というのはあまりな気もするので明日市に行って木箱でも貰って来るつもりだ。

背を向けてベッドに向かえば背中に向けて啼き声がする。
振り返ると自分も連れていけとばかりに翼をはためかせていた。


「…お前はそこだ」

「ギィイ」


何を言っているのか理解してい無さそうな紫の瞳がこちらを見つめ、よてよてと机の端まで歩き


「ピューイ!」


ばっと翼を広げて例の高い甘え声を上げた。
それはまるで幼子が抱きしめる腕を求めている様。
無視して背を向ければ「ピューイ、ピューイ」と何度も啼いた。
それすら無視し、布団に入り瞼を閉じる。
職業柄、騒音の中でも眠れるので別段その啼き声は障害にはならなかった。

いつの間にか甘え声は止み、漸く諦めたかと思っていると足元に何かがもぞもぞと触れている。
驚いて布団を捲れば、素知らぬ顔で潜り込み身体を丸めて眠りに付こうとする白龍。


「おい」


低く唸ればビクッと身体を竦めた後、ちらりとこちらの顔を窺う。


「お前の寝床はあっちだと言っただろう」

「グクゥ…」

「…」


溜息を吐いて再び首根っこを掴めばバタバタと暴れる白龍。
しかしその身体で暴れるだけでもこちらは痛くも痒くもない。
机の上に戻し、強く言い聞かせて自分も布団に戻る。
しかし数分と経たずにアシュルは布団の中に潜り込んで来るのだ。

それを数度繰り返し、布団の中からアシュルを見張る事にした。
こちらが見てるとも知らず、アシュルはうろうろと机の上を往復するとおそるおそるといった態で机の端から身を乗り出し―――落ちた。

飛んで来ているのだと思っていたので、べしゃりと表現するに相応しい落ち方に思わず布団の中で身動ぎする。
床に落ちたアシュルはしばらくそのままでじっとした後、ゆっくり身を起こし、のたのたと此方に歩いて来てベッドの足元まで来た。それから翼の先の鉤爪をシーツに引っ掛け、せっせとよじ登るといそいそと布団に潜り込む。
本当はこちらに飛んで来た際に空中で捕まえ叱るつもりだったのだが、まさかこんな風にこちらに来ているとは思ってもおらず、最後まで見届けてしまった事にはっと気づいた。

布団を剥ぎ、ここまで辿り着いて体の力を抜いていたアシュルの首根っこを引っ掴む。
この小さな体で机から落ち、歩き、よじ登って潜り込むという運動を何度もやってのけた白龍は疲れているのかもう抗おうとしない。
されるがままくったりと身体を垂らすアシュルを目線まで持ち上げる。


「お前の寝床はあそこだと言っている」

「キュルゥ…」


細い声で啼き、しょんぼりと頭を垂らした白龍を再び机の上に戻せば、今度こそ疲れもありもうベッドに潜り込もうとはしないだろう。
だが


「……良いか、今日だけだからな」


そのめげない態度にこちらが折れた。
今日だけ、今日だけだぞと何度も繰り返し、いくつかある枕をずらすとその上に乗せてやる。
サイドテーブルの上のランプの灯を消し、瞼を閉じるともぞもぞと動く気配がしてそれが自分の隣にやって来た。
グクルクルと満足そうな微かな啼き声と腕にすり寄せられる感覚。


「………はぁ」


もう知るまいと諦めの溜息を一つ吐いて、眠りへの扉を開くことにした。



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