背負うべき罪 

食器を下げてもらい、その間白龍――アシュルは自ら枕の下に潜り込んで、いいぞと言えばもぞもぞと枕の下から這い出てきた。
ベッドに上がり、その首を掻いてやる。
グクク…と喉を鳴らすその姿を静かに眺めながら気になっている事を口にした。


「アシュル」

「ギィ」

「お前言葉が分かるのか」


龍についての生態は詳しくは知られていない。龍について調べている学者というのはいる事にはいるが、他の動物の学者の様に野生の物の近くに潜んで観察するというのが難しいからだ。
龍はあの身体の大きさからは想像がつかない程酷く敏感で、警戒心が強い。生態を調べる程近くに寄る事は不可能に近く、死に直結する。
なので今知られている龍の生態は『解体屋』と呼ばれる仕留めた龍を捌き分ける事に特化した者達と、龍の素材を扱える程の腕を持った職人と魔道師、薬師からの知識を交えた物…そして龍騎士の実体験、見聞を元にした物だ。
特に解体屋と龍騎士の情報は大きい。龍について調べている学者というのは元龍騎士、元解体屋であったという事が多い程だ。この二つの職のお陰で龍の繁殖方法、捕食方法が明らかにされたと言っていいだろう。

しかし全てが明らかになったわけでは無い。むしろ未だわかっていない事の方が多々ある。
龍の子が成体になるまでの期間など空白に等しい。何故なら親龍は子が飛べるようになるとすぐに神の峰へと子を連れて帰って行くからだ。神の峰には龍騎士でさえも辿り着くのは不可能だ。

そして子育ての仕方もはっきりと分かっていない。龍は子育てをしている時が一番警戒心が高まる。
だからこそ龍騎士は龍狩りを今の時期に済まさなければいけないのだ。
龍の繁殖期は交尾期、産卵期、そして子育てと別れている。多少の重なりはある物の、完全に子育ての期間に入ってしまってからの龍狩りは通常の狩りの2倍のリスクを負う。

分からない事が多すぎる龍。しかし、全くはっきりしないがそうなのではないかと言われている事が龍騎士達の間では色々とあった。
何を根拠にと言われても困る。「実体験」からだ。
そのうちの一つが『龍は人間の言葉が分かっているのではないか』という事。
龍は確かに他の動物とは比べものにならない程頭が良い。しかしそういう「頭の良さ」とは違うのだ。
先人たちの教えでも狩りの間は龍に分からない様に無言で行えとある。
故に狩りの合間の指示は隊内でしか分からない狼煙や花火での合図、身振りでの指示が多い。それも年ごとに内容を変えて行っている程だ。

そしてこのアシュルの反応。
指をさしたりしていると言えど、こちらの意図を良く汲んで動いている。
話しかけたりはしたが完全に伝えられると思ってはいない。ただ、想いだけでも伝わればと思っただけなのだが、これはもしやと思わずはいれない。

少し離れるとアシュルはそれを追いかける様に動こうとした。


「待て」


途端にぴたりと止まってこちらを窺う様に見つめる。


「来い」


直ぐに組んだ足の間に飛び込んできた。
…分かって、いるのか?


「アシュル」

「ギィイ」

「…このベッドの上を大きく3週周ってそれから肩に上がって来い」

「ギゥ」

「……」


…。
こちらを見上げるアシュルの瞳の不思議そうな色を見て羞恥で少し顔が赤くなるのが分かった。思わず片手で顔を覆う。
動物相手に何をしようとしているんだ自分は。
いくら頭が良い龍であろうと相手はまだ生まれたばかり。


「…分かる訳が無いだろう」


思わず溜息を吐けば、こちらを見上げていたアシュルがもぞもぞと動くと袖に爪を引っかけて腕によじ登り始めた。
そして肩まで到達するとふっと身体の力を抜き、首筋に頭をすり寄せてくる。


「……」

「グクク」

「アシュル」

「ギィ」

「…」


もしかしたらちょっとした単語程度なら分かるのかもしれない。
しかしそれだとしたら一体どこで学んだと言うのだろうか。
アシュルは生まれて間もない。親に余り育てられてはいない筈だ。
いや親の顔もまともに見ているのか…。

胸の奥が細い紐で縛られるように痛んだ。
そう、この白龍の子は親の顔もまともに見ていないかもしれない。

俺が、殺した。

アシュルの母親を俺は殺した。父親は白龍だろうが、もしかしたらこれから殺すかもしれない。
何も知らない龍の子は母親を殺した人間の手に頭を擦り付けて撫でる様に要求する。
この人間が殺しさえしなければ今頃母親の優しい懐で甘えられていたかもしれないのに。


「…すまない」

「ギィイ」


あの紅龍に謝るつもりは無い。謝ればあの龍の命に申し訳ない。捧げるのは国の糧になってくれた事への感謝。それだけで良い。それだけでないと前へ進めない。
でも、母親から引き離してしまったこの白龍には謝らなければいけない。
今その事を知らせるつもりは無い。言葉が分かるか完全に分かったわけでは無いが、万が一にでも理解してこちらに敵意を抱かせてしまえば育てるのが困難になる。
俺がすべき事はこの白龍を森に、仲間の元に返す事。

アシュルを育てるのはその贖罪の為だろうか。いや…


「ギゥウ、グクルル…」

「…ああ」


呼びかけられた様な気がして、思わず静かに返事を返した。


「腹も膨れたし風呂に入ろう。明日には市に出かけて色々揃えてやるから今日は我慢しろ」

「ギュイ」


こいつには深い想いを抱かない。抱かせない。
俺達がいつか迎える未来で正しい選択を行えるように。

俺はお前の母親を殺した。それは拭えない罪。
いつかそれを知った時、お前は一体俺をどうするだろうか。



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