懐かれる騎士 

部屋に戻るとマントをベッドの上に放り投げた。
「ギュゥ」という啼き声と共にもぞもぞと下から白龍が這い出て来る。
と言っても鼻先と目だけで、警戒しているのか分からないがそれ以上は出てこようとしない。
溜息を吐いて再び首根っこを掴むとテーブルの上に乗せた。
その首に嵌めようと手の平に握っていた金の輪をカチカチと緩める。
普通の白龍ならこんな首輪で魔力を封じられるとは思わないが…そもそもこの輪が嵌らないが…こいつは未熟児の様だし、これでしばらくは持つだろう。


「ギュルゥ」


思っていた以上にさっきの事が堪えたのか静かにしていたと思ったら、白龍が小さく啼き、中々外れない輪に少しばかり苦戦している俺の手によたよたと近寄ってきた。
さっき自分が噛みついた方の手に頭を寄せるのを見て、もう一度噛むつもりなのかと手を退けようとしたら、すり…とその額が摺り寄せられた。
予想外の行動に驚く間も無く、額と接している部分がぽぅ…と緑色に光る。
その光はすぐに消え、消えると同時に白龍はおずおずとこちらを見ながら数歩後ろに下がった。


「…?」


何をしたのかと眉を寄せ、ふと先程まで痛んでいた噛み傷が痛んでいないのに気付き、まさかと思って包帯を解けば


「…傷が…」


傷が跡形もなく塞がっている。
いくら小さいと言えど、深々と刺さっていたからこんな短時間で塞がる訳が無い。
つまりこいつが何かしたわけで――


「…治してくれたのか?」


紅龍は火を吐く。紫龍、翠龍は毒を持っている。白龍はというと、魔術を扱った。
だから魔術を使う事に不思議な事は無いのだが、それを癒すために、ましてや人に使うなんて話は聞いた事が無い。

こちらを窺う様にちらちらと視線を向ける白龍はまるで機嫌を窺っているようだ。
目は紫なのかと今更気づいてそっと手を伸ばす。
威嚇音も姿勢も取らないから更に近くに手を伸せばその白い鱗に触れてしまった。
驚いた様にピッと尻尾を立ち上げて凍り付いているが、嫌がるそぶりは無い。


「…ありがとう」


そう言いながら親指で白龍の頬をさらっと撫でると何をしているのかと我に返り、慌てて手を離した。
途端に白龍が高い声で啼く。
ピューイ ピューイと今まで聞いた事の無い音を発しながらよたよたと手を追い、近寄ってくるこれが何を求めているのか分からずに首を傾げる。


「?」

「ピューイ!!」

「何だ」


ばたばたと翼を振り今にもこっちに飛んできそうだが、まだ飛べないのか、よろけ、机の端から落ちた。


「!」


別に落ちても大丈夫だろうが、思わず反射的に手で受け止める。
途端に白龍は満足そうに目を細め、ぐりぐりと頭をすり寄せた。


「ギゥ…ピグゥ…」

「…」


これは一体なんだ。まるで甘えている様に見える。
いや、甘えている以外の何にも見えない。
驚きに満ちたまま指で首を撫でれば瞳を輝かせ、指を1本口に咥えられた。
あぐあぐと噛むそれは甘噛みで、完全に甘えきっている。


「…おい」

「ギィ」


何だ、これは。
龍は懐かない生物じゃなかったのか。
人に懐いた猫の様に両手の中で体を委ねきっている白龍に茫然とするしかなかった。


「…とりあえず、首輪をつけるからもう少しこっちに来い」


茫然としながらもどうにか外れた首輪を手に指をくいっと動かせばそれに従う様にぽてぽてと歩いてくる。
しかし首輪を近づけた途端、鼻に皺を寄せて顔を背けた。


「おい」


これが魔力を封じる物だと分かって嫌がっているのだろうか。
それならば今後もこいつに気を付けなければいけないが…。
無理矢理にでも嵌めようとすれば「ギィ!」と啼いて身を捩る。


「いい加減にしろよ…」


こっちは首根っこ引っ掴んで痛がるお前に嵌めても良いんだぞ…と睨めば、少し威勢をなくした白龍がこちらをちらちらと窺いながら輪に鼻を近づけ、すんすんと匂うふりをして顔を背けた。
明らかにこちらに何かを伝えたがっている素振りにふとある事に気付く。


「…匂いが嫌なのか」


確かにこれは以前違う動物に着けられていた物だ。
しかたないと溜息を吐いて白龍に背を向けると先程のピューイ!という高い啼き声。


「…お前が嫌だと言うから洗ってきてやろうとしているんだが」


眉間に皺を寄せて振り返ればばたばたと必死に翼を動かしている白龍。
おいおい龍の威厳はどこに行った。
その余りの必死さに溜息が止まらず、仕方なくテーブルに戻ると案の定落ちかけているので手を伸ばして元の場所に戻す。
そうすると白龍は翼の先についている鉤爪を服に引っ掛けて腕をよじ登り始めた。


「おい、こら」


あっという間に肩まで登り切った白龍は、安心したのかそこで体の力を抜いている。
案外大きいと言うのにそこまで重さを感じない。


「…っはぁ…」


もうこのままで良いかと肩に龍を乗せたまま風呂場へ向かい、水道でがしがしと輪を洗った。
あんな顎の力の奴を首の傍に置くなんて危なさすぎる。
いつ食いちぎられるか分からないというのに何故かそれに気づいたのはずっと後で、俺は綺麗に洗い終わった金の輪を次は大人しくつけられるどころかどこかご満悦な白龍を見ながら、こいつに何を食べさせようかとばかり考えていた。



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