会 


ついてない。


いけると踏んで曇天の中を走り出して5分程して雨が本格的に降り始めてしまった。
どうして自分はこうも間が悪いのか。

舗装されていない道を走る。
田舎なので雨宿りをしようにもする建物が無い。
ただでさえ夕方は薄暗いのに、土砂降りが視界を悪くする。
もうきっと下着の中までびしょびしょだ。

…弟に怒られる。
俺は4つ年下なのに俺よりもずっとしっかりしている弟の顔を思い浮かべて嘆息した。


ばしゃばしゃと音を立てながら走っていると目の端に一軒建物があるのが見えた。

良かった!地獄に仏…!と思ってそこの家の軒下に飛び込む。
田舎の家の良い所は軒下や縁側がある事だと心の底から思う。
髪からぽたぽたと水滴が落ちた。

こんなところに建物があったとはとよくよく見ると『皐月(さつき)堂』とくすんだ看板が立てられていた。

お店ならば中に入れてもらえないだろうか。
…あわよくば、タオルとか貸してもらえたら…と、俺は店の引き戸を開けた。

がらがらと音を立てて開いた店内は薄暗く、飲食店で無い事は一目瞭然だった。

左の奥に番頭さんが座るような場所があり、店内の壁には棚が並んでいた。
本屋かな?とも思ったが、本屋にしては本が余りにも少なく、瓶に入った何かもあるし、駄菓子屋や漢方薬屋の方が近い気がした。

薄暗くてわかりにくいけど人はいない。


「あの―― すみませーん」


声をかけるけれど人の気配がしない。
一歩踏み込むと埃と薬の匂いがした。

まぁ人が来たら一言謝ろうと思い、入って来た戸から外を見る。
いつになったら止むだろうかと思った俺に


「これは…めずらしい」


声がかかった。

びっくりして後ろを向く。
いないと思っていた場所に人が坐していた。


「童…」


人影がふぅっと紫煙を吐き出す。


「す、すみません 雨宿りをさせてもらいたくて」

「雨…」


ぽつりと呟いてまたふぅっと煙を吐き出す。


「あの、店長さん、です…か?」


そろそろと近づくにつれて薄暗い部屋の隅にいる人物の姿形を見てとれるようになった。

どうやら声から察せれるように男のようだ。
それも思ったよりかずっと若い気がする。

ようやく店主と思しき男の顔を見て俺は息を呑んだ。

男は壮絶な美貌の持ち主だった。

墨染のような着物を身につけており、これまた着物よりかは色の薄いが墨染の帯を締めている。
絣(かすり)がなければ、男が着崩していなければ、まるで喪服のようにも見えたかもしれない。

耳にかかるか、かからないかの髪も黒。
ただ、柳眉の下の涼しげだが鋭い双眸は深紅。
その瞳は薄暗い中、獲物を狙う獣のようにらんらんと光っているかのようだった。
まるで血に飢えているように見えるのは瞳の色のせいか、それとも…。


「鍵が…」


引きつけられるかのように見入っていた俺を男の声が覚ます。


「へ?あ、はい!」

「鍵が、かかっては?」


男はすうっと、吸っていた煙管で俺が入って来た戸を指した。
その煙管をもつ白い指の先の爪も黒く塗られている。


「え、いや、普通に開きましたけど…」

「そう…」


呟くと男はまた煙管を口へと持っていった。

男が少し身動ぎすると微かにちりちりと金属の擦れあう音がした。
なんだろうと音のした方に目を向けると、左の耳たぶに数えられるだけでも4つ銀の耳飾りが光っている。

まるでビジュアル系のミュージシャンのような出で立ちに見えるが、まったくそんな感じがしないのは和服と煙管のせいだけではない気がする。
むしろ耳飾りのおかげで人間味があるような、そんな感じまでしてしまう。

気だるげな空気とその格好が相極まり、彼は疲れ果てた遊女のようにも見えた。



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