どうすれば良いかなんて事は、息をするかの様に考えずとも分かった。
自分は知っている。この力の使い方を。

遠百さんの身体を抱き締めたが、感覚的には腕は遠百さんの身体をすり抜け、沈み込んでいくような感じだった。
彼の意識に潜り、過去に、傷に、触れる。
途端にドッと記憶が頭に流れ込んできた。
まるでその時の遠百さんの横に立っているかの様にその時の状況が高速で目に映る。
そしてそれだけでなく遠百さんの想いが直に心に伝わる。

焦がれる程の憧れ。
高鳴る程の期待。
胸が潰れる程の悲しみ。
己に向ける深い憎しみ。


――遊びたかった。一緒に笑いたかった。それだけなのに。
自分が殺した。自分の容姿があの子を殺した。疎ましい。悍ましい姿の己が疎ましい。
見たくなかった。あの子を殺した自分の姿など。
だから目を塞いだ。二度と己の姿を見ないように


遠百さんの声がどこからか聞こえた。

目をいくら抉ろうと、それが性である自分はいくらでも目が再び“開く”。
ならば塞いでしまおう。
そして人間の傍には二度と近寄るまい。
自分の姿は彼らを殺してしまうのだから。

――でも、本当は。まだ、



そこまで意識を潜らせた時、ふと指先に何かが当たった。
手さぐりでそれに近寄ると、そこには身体からどろりとした黒い粘液を滴らせ蹲る遠百さんがいた。
ああ、心の中の遠百さんだ、と直感的に悟る。

今の“外”の遠百さんの状態とは異なり、どろどろとした物は念の様な物では無く、液体だ。
数歩近づいて、それは全部遠百さんの身体中の目から溢れている事を知る。
――正しくは眼孔だ。遠百さんは黙々と己を目を抉っては捨て、虚ろになった眼孔から涙の様に黒い粘液を溢れさせていた。


『憎い。己が憎い。この目が憎い。この目の所為で、この姿の所為で、ああ、ああああ、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い』


壊れたようにそう唱えながらブチリ、グチャリ、と自身を傷つけていく遠百さんの心に、粘液に濡れる事も構わず駆け寄った。


「遠百さん、声が、俺の声が聞こえますか」


溢れる粘液を手で掻き分け、頬を挟む。


『…触るな』

「遠百さん」

『さわるな!!!』

「いやです」


黒く虚の広がる眼孔を向け、牙を剥き出して遠百さんが吼える。
その勢いに弾かれそうになるが、全身に力を込め、必死に耐えた。


「いやです。離れません」

『ならば、みろ!』


突然頬を鷲掴みにされ、顔を近づけられる。
ボタボタと生温く、生臭い粘液が顔に滴り落ちた。


『どうだ!悍ましいだろう!恐ろしいだろう!叫べ!慄け!恐ろしければ人間め、近づくな!!!』

「殺したくないから、でしょう」


その言葉に頬を鷲掴んでいた手が怯む様に緩む。


「貴方は優しい妖だ。殺したくないから、近づかない。――本当は、人間に触れていたいのに」


そっと頬を撫でると、ビクリと身体が震えた。


「――本当の言葉を聞かせてください」


その瞬間瞳が熱くなった気がした。
そのまま見つめると、まるで絞り出すように彼は言葉を発した。


『…拒絶、しないでくれ』

「はい」

『…お前達は温かい。温かい。遊びたかった。それだけだった』

「…はい」

『何も危害は加えない。だから、だから…』


黒い粘液を、透明な涙が押し流していく。
いつの間にか虚だった眼孔には目が戻っていた。


「遠百さん」


名前を呼んで、涙を手の平で拭う。
一目見た時から思っていた言葉。だから抉るのは勿体ないと思うのだ。
貴方が厭うならば、それを俺は受け入れよう。


「俺、貴方のその瞳の色が、好きです」



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