それからという物、俺のバイトでのリズムが少しばかり変わった。
品数を調べたり、新しい物を棚に並べたりする他に遠百さんとお喋りする時間が加わったのだ。

薬を運んで、そしてそのまま他愛の無い話をする。
自分が人間だと分かってはいけないと言われたから、話題は酷く限られてしまうけれど。
おまけに遠百さんは滅多に口を開かず、頷いているだけだから猶更早く話題が尽きてしまう。
けれど口を噤めば先を促して来るし、そろそろ仕事に戻りますと言えばまた明日も待っているといった様な内容を口にするから、楽しんでは貰っているみたいだ。


「明るいな…」

「え?」


ある日、ふいにそう遠百さんが口にした。
今日は雨が降りそうな程どんよりと曇っていて、決して明るいとは言えない。
けれど曇りの方が瞼が照らされるのだろうか、と小首を傾げていると、ふふ、と低い笑い声を漏らした。


「天気の事では無く、主の事だ」

「俺、ですか?」

「ああ」


手を伸ばして、顔に触れられる。
目が見えないからなのか、遠百さんは良くこうやって目や鼻の位置を確かめるように顔を触って来た。
かさついているけれど大きな手は心地が良くて、それを静かに受け止める。


「この時期になると、鬱々としているのだが…主のお陰か、此度はそれ程でも無い」


いつもに比べて少し饒舌な遠百さんは、嬉しそうに小さく笑った。


「久、良ければ今夜…共にいてはくれないだろうか」




「久、今宵は此処に来るなよ」


遠百さんに出した薬の椀を洗っていると、後ろから百舌君がそう言って来て、さっき言われた内容と全く真逆の事に驚いて手を止める。


「何だ、驚いた顔をして」

「…いや、話を聞いてたのかなって思って」

「は?何の……遠百が何か言ったのか」


疑問の声を上げた百舌君は、上げた眉を眉間に寄せて鋭い目つきをした。


「ッチ、あの男…。何をあやつは言った」

「今夜、一緒にいてくれないかって…」

「莫迦か!」


思わず、と言った態で怒鳴った百舌君は口に拳を当て、大声を出した事を気まずそうに目を逸らした。


「あー…その、すまぬ。お前が悪い訳では無いな。あの男がどう頼んだか知らぬが、今宵は朔の月だ。来るな。
お前を宵の時間に雇ってはおらんが、来ずとも良い時に限ってお前は来るからな。だから今日は先に釘を刺しておいた。
今宵は来るな、良いな、絶対だ。あやつの為を思うならば、猶更だ」




そう百舌君は言っていたけど…。


「き、ちゃった…よねぇ…」


いや別に来るなと言われると来たくなる、というような物では無い。…確かに凄い念の押され様だったけど。


『今夜…共にいてはくれないだろうか』


そう言った遠百さんの声が、触れていた手が微かに震えていた気がしたから。
彼が今日、どこか饒舌だったのは何かを恐れていたのではないかと、
一緒にいてくれと言ったのは、自分がいる事でそれが緩和出来るからではないかと、
そう思った。から、来てしまった。

皐月堂の戸には鍵は掛かっていない。
それは人間が盗むような物は無いし、万一盗まれたとしても困る物は表に置かないし、そもそもこんな気味の悪い所に夜入る物好きも少ないだろう、という事かららしい。
一応妖対策としては微弱な結界が張ってあると言っていたが、人間はそれに引っかからないみたいだ。
そろ、っと音を立てないように裏口から中に入り、部屋の数を数えて遠百さんの部屋の前まで行く。
今は鍵も無く、どれも同じような障子戸なので間違えやすいが、それでも何度となく足を運んだおかげで距離感を覚えている。


「遠百さん…大丈夫、ですか?」

『久、か?』


いつもと少し違う声の響き。けれどそれには構わず、はい、と返事をすると障子戸が中から静かに開いた。


『久…来てくれたの、か…ッ!?』


隙間から伸ばされた腕がいつもの様に頬に触れようとした瞬間、驚愕の声を上げ、腕が引っ込んだ。
ドタン!バタン!と何かを倒す音に慌てて障子戸を開けると、部屋の隅の方で何かが蹲っていた。


『………見るな』

「遠百、さん…?」


灯りも月も無くて良く見えないが、だんだん暗闇に目が慣れるにつれて輪郭がはっきり見えてくる。


「とうど、」

『見るなァアァああああああああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!!!』



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