茶 

昼寝から起きるとなんだか酷くすっきりしていた。
頭の片隅が重く、じんじんと熱を持っている様な馴染みの感覚が薄くなっていて、おまけにスポンジにじわじわと圧迫される様なあの無性に寂しい気持ちも無くなっていた。

この部屋で寝て目が覚めると時々こんな風にすっきりしている事がある。
縁側から差し込む暖かな日差しの所為か、それともこの屋敷の部屋全てで微かに香る羅国の香りの所為か…。

すんすんと鼻で匂いを嗅ぐ。
この匂いは珠誉さんの匂いと同じだ。前、珠誉さんの着物を畳んでいる時にふわりと香った匂い。
香水の様な匂いではなく線香のような和の香りだと感じたこの香り。
でも良く言われる『雅』とかそんな感じではなく…優しく澄んだ、でもどこか甘い、そんな香り…。

握りしめていたら百舌君に「皺になるだろうが!」と怒られた。
珠誉さんは香水でも使ってるのと聞いたら手の平で皺を伸ばしながら、

『珠誉様は香を焚いているだけだ。…我は伽羅を進めたのだが、あの方は羅国を好む…』

香くらい一級品と謳われる物を使ってくだされば良いのに…とぶつぶつ言う百舌君はまるで母親みたいでちょっと笑ってしまった事を思い出す。
思い出し笑いをしながら布団を畳んで私服に着替えていると、背後に気配がした。
ふと振り返ると正座をして深々と頭を下げる二つの小さな塊。


「我等只今帰りました」

「貘の申す通りあの傍若無人に連絡を入れて来た」

「あ、円に?ごめんね、ありがとう」

「何を仰いますか!我等はヒサ様のお役に立てて―――」

「風雪」

「はっ、はいっ!」


緑の髪を揺らして風雪が返事をする。


「様じゃなくって?」

「あ…」

「はい、もう一回」


にっこりと笑うと風雪の頬が真っ赤に染まった。
わなわなと両手が震えて裾をきゅっと握る。


「ひ、…ヒサ…、…っ」

「うん。お疲れ様、二人とも。ありがとうね」


おいでーと両手を広げると転がる様に二人が飛び込んでくる。
以前、お使いに行ってくれたご褒美に何が欲しい?と聞いた時の答えから、ご褒美はいつもこれになっている。

両腕の中で忙しなくごそごそと動く二人は可愛いったらありゃしない。
すりすりと鼻を胸や腕に擦りつけ、時々小さな声で俺を呼ぶ。
それに同じように名前を呼んで応えるとピタリと一瞬止まり、その後身震いをしてさっきよりも忙しなく動くのだ。

よしよしと頭を撫でていると


「久!いつまで寝ているのだ。起きたのならさっさと働け!」

「あ、はーい」


ごめんね、じゃあ俺仕事しなきゃいけないから…と二人の頭を撫でて、「遅い!」と怒鳴る百舌君の元へ襖を開けて行った。




「ああ、ヒサ様、なんて愛らしい…」

「愛いな…」

「兄上、私はおかしいのでしょうか…」

「何がだ」

「ヒサ様を見て、触ると、何とも言えない切のう気持ちになるのです…」

「…我もだ」

「!兄上もですか!」

「ああ…ヒサが愛おしくて仕方がない」

「私もです!あ、兄上!」

「何だ」

「布団が未だ暖こうございます!」

「何!」


幹人が去った室内には、さっきまで幹人が使っていた布団に顔を埋め息を荒げる双子の狐が残った。



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