我は初めて自ら進んで心に触れようとした。
久が本当に歪んでいるのかを確かめるというのは口実に過ぎない。

我は……認めるのは酷く癪だが………この人の子に惹かれつつある。
歪んでおきながら、この人の子は純真だ。歪んでいるからかも知れぬ。

夢の中に混じるあの僅かな日の温もりの様な味が舌から離れない。
それは肉桂の如く舌にこびり付き、食指が動く。

ああ、この人の子の心そのものに触れればあの味そのものがするのだろうか。
それはとても美味く感じるに違いない。もしかしたらそれを味わえばこの世の至福を感じれるのではないか…。


そう考えた事を思い出して、口の中に溢れて来た唾を再び飲み下すと、少し荒々しい手つきで久の単衣の前を肌蹴させた。

胸の浅い溝を指で数度なぞり、手の平をつけると肌の張りを楽しむ。
これは余興だ。今から食事を始める前のちょっとした娯楽。

無意識に舌嘗めずりすると、手の平をずぶりと久の胸に―――埋めた。

これが貘の食事の仕方だ。
精神内に潜る為、血など出ない。しかし何か感じるのか久は僅かに眉根を寄せ、深い息を吐いた。
ずぶずぶと手首まで埋め、更に深く腕を埋める。


ああ…美味だ。

はぁぁ…っ と押し殺した息が口から洩れる。
それは捕えた獲物の喉元に噛みつく瞬間の恍惚と似ているやもしれぬ。


――このまま全て喰ろうてしまいたい。
  それはそれは美味であろう。美味であろう。
  いっその事四肢まで埋めてしまおうか。
  ああ、夢が是程までに美味であるのならば
  ………その肉叢は如何程であろうか。


肩まで久の中に埋めて、はっと我に返る。
我は今、何を思った。
久を喰らってみたいと思いはしなかったか。

ぞっとして腕を慌てて手首まで引き抜く。
幾ら久が巫女であろうと、自分は鵺の様に身を堕とす事など無いだろうと思っていた。
それがこうもあっさり揺らぐとは。

急に自分がおぞましく思えて手を完全に引き抜こうとした。が、僅かに浸ったまま抜く事が出来ない。
それは温い布団の中から抜け出せないのと同じで…。
久の胸の中を名残惜しく指先で掻き回した。

その時、僅かに指先に仄暗い感情を見つけて目を見開く。
指先に意識を集中させる。これは……悲しみ?
本当に微かだが、久の悲しみが垣間見えた。


「……ああ、珠誉様か」


意識的に避けてられている悲しみ。

あの方は今酷く久を避けている。恐れているかのように。
無意識に漏れ出る表情でそれはもう端的に伝わってきた。
確かにあんな避け方をされればいくらなんでも傷つくであろう。

しかし、その事に関して…他の事で胸を痛めている事が何故か腹立たしく思えて、我はその夢を丸ごと喰らった。
久の夢の中には他人を軸とした夢が出てくる事は無い。
受け入れる情報に尊い、賤しいも無いからだ。全て同じ情報、同じ価値。


「…手を焼いている我に感謝する夢くらい見たらどうだ」


ふんっと鼻を鳴らすと手を胸から完全に引き抜く。
肌蹴させた胸を元に戻し、布団を掛け直しながら顔を顰めた。

珠誉様もお人が悪い。
気になっているのなら、一言くらい声を掛けてやれば良いのに。

この部屋がその証だ。
この屋敷の奥全てが珠誉様の空間。空間は持ち主の意思に添う。
故に珠誉様の部屋は一番傍にいる我ですら辿りつけないし、この部屋は久の昼寝の為に作られた。
今も主は何処にあるか分からない部屋で、ひっそりと久を見守っているのではないだろうか。

そっと久の頬を撫で、小さく嘆息した。


「…いらぬのなら、我が貰うてしまいますよ。珠誉様」



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