「何で珠誉さんは薬屋をしてるの?」


回顧から戻った俺は天日干しのイモリが入った瓶の蓋をしっかり締め直しながら聞く。

円から店を営むのが性質の妖ならまだしも自発的に営むのは珍しいことだと聞いた。
そもそも妖さんの中で通貨など無いのだそうだ。

それは確かにここで働いていると分かる。ここではお金の取引は行われず、物々交換だ。
それなのに、毎月ちゃんとお給料がもらえている。
今時茶封筒に包んで渡されるのは、振り込み方法が分からないという理由なのだそうだが、俺は別に気にしていない。


「ああ…珠誉様程の力を持つお方がある一定の土地に腰を下ろす事は、そこの土地神になる事を意味するのだ。
しかし珠誉様はそれを拒まれた。
土地神とはその地に住まう妖達を纏める役目を背負う。
そんな役の土地神になれば色々と縛られるからと。そもそも自分はそんな器でも無ければ、半堕ちの身でそんな事は出来ぬと。
故にこうやって『店』を開いておるのだ。
ここの土地に坐する『意味』を持って腰を下ろすことが土地神にならずに済む唯一の方法だからな」

「へぇー」

「それで、先程の男だがな。あれも人ならざるモノだ。
しかし見ての通り今は目が見えんし、お前の事を知ってここに来た訳ではないだろうから中に入れた。
他人に対して声を荒げる事などとんとしない男だから、警戒はせずとも良いぞ」

「そうなんだ…目、見えてるのかとちょっと思ったんだけどな…」


あの確かな足取りを思い出しながら呟くと、百舌君の手が止まった。


「…何故だ?」

「え?だって、俺がいつも躓く敷居に躓かなかったからさー…」


苦笑しながら答えると、百舌君は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「ふん、お前は躓きすぎだ。ちゃんと目を開いているかどうかさえ疑う」

「見てる筈なんだけどなぁ…」

「…あやつの目は包帯越しでも物の輪郭のみ見れるのよ。
輪郭のみ故、他の表情までは分からん。その分、声音や動きで把握するらしいが」

「あ、じゃあ完全に見えない訳じゃ無くて、怪我か何かしてるだけなんだ?」

「…もう受邪の性質は分かったつもりだが…包帯越しでも輪郭が見えるという点を不思議に思わぬのだな、お前は。
まあ…そうだな。怪我、が一番近いか」


薄い引き出しを開けて、中に入っている紙の枚数を数えながら百舌君は一人頷く。
頷いて、手元の帳簿に達筆な字で書き込むと顔を上げた。


「そこで、だ。
あやつの耳と何かを察する力は表情が分からぬ事を補う事のように鋭いが、相手の気を探るのだけは酷く鈍い。
故に久。お前が巫女という事は勿論、人の子という事すら全く気付いていない」


――あやつに絶対『人の子』だという事をばらすな。――

真剣な顔で百舌君は俺にそう言った。


「この店で面倒を見る限り、顔を合わせる事もあろう。しかし、絶対知られてはならん。
我等人ならざるモノは人の子の姿に化ける事は今では日常茶飯事だ。
お前さえ口を噤んでいれば、絶対に分からん。いいな?」

「分かった」


俺が答えながら小さく目を擦ると、くわっと百舌君は目を見開いた。


「眠いのか!倒れる前にあの部屋で寝て来い!」

「いや、ちょっと頭が重いだけで―――」

「おい座敷わらし共!お前達の主をさっさと布団に寝かせろ!
急に倒れられ、頭を強打するのを見て肝を冷やすのはこりごりだ!」

「ご、ご心配かけてすみません…」


俺は何処からともなく出て来た山茶と風雪に手を引かれ、布団が既に用意されていて俺専用と化しているあの部屋に問答無用で連れて行かれた。



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