裏口から百舌君と一緒に店内に戻ると誰かがいた。
薄墨色の着物を着て、いつも珠誉さんが座っている店内の隅に腰掛けている。
短く切られた若竹色の髪から彼も百舌君と同じように人では無いのかもしれないと推測した。

誰かいると分かった百舌君の身体が緊張したけれど、その人の後ろ姿を確認した途端に力が抜ける。


「おい、お前。また来たのか」


呆れかえった声で言葉を掛けると、ぴくりと頭が動いて振り返った。
しっかり通った鼻筋も形の良い唇も眉も見えるけど、目だけが包帯に巻かれて見えない。
目は見えないけれど淡白で整った顔つきだと思った。


「毎度毎度来るなと言っただろう。少しは自分で対処出来るようにだな…」


近づいてくどくどと説教し始めた百舌君だけど、俺をみるとはっと我に返ってばつの悪そうな顔をした。
そして俺と、その男の人の顔を何度か見る。

その間、状況を把握できてない俺も、何故途中で説教が止まったのかと不思議そうに百舌君を見上げる男の人も黙っていた。


「まあ…お前なら良いか…」


小さく呟いた百舌君は、少し眉を顰めて男の人を見下ろした。


「いつもの様に一月ばかりで良いな?」


無言で頷く男の人を自分の白い甚平の懐を探って小さな板を取り出した。
板の先は長さ、太さ様々に切り込みが入れてあって、それが鍵である事が分かる。


「いつもの部屋を使え。一人で行けるな?」


男の人は無言で再度頷くと、その鍵を受け取って立ち上がる。
立ち上がると相当背の高い事が分かった。
円よりも高く感じると言う事は180は越しているかもしれない。

男の人は俺の立っている出入り口までゆっくりと歩いて来て、俺の横でふと立ち止まった。
ちょっと首を傾げると顔を俺の方に向ける。
決して見えない筈なのに、包帯越しに彼が俺を見ている気がした。


「…あ、の。初めまして…」


おずおずと声を掛けるとピクリと眉が動く。
彼は一つ小さく頷いて、微笑みを口の端に乗せた。

そのまま何も声を発さずに彼は出入り口から奥へと入って行った。

――俺が何時も躓く敷居の段差を難なく跨いで。





彼がいなくなった部屋で暫く無言が続く。


「え…っと、今の人は?」


ようやく出せた声は思った以上に大きく響いた。


「ここの常連だ。ああやって定期的にここに来る」


そう言って百舌君は近くの棚の薬品を整理し始めた。

名前も分からない植物の根や、何となく萎びた指に見える物体や、白く濁った半透明の球体が沢山入っていたりする分厚いガラスで出来た瓶を綺麗に並べ変える。
瓶や壺が置けるようになっているのは下から3分の1位までで、残りは引き出しになっている。
その引き出しも上の方は幅も広いのだけれど、下の方はまるで神社などで引くおみくじが入っている引き出しのように薄い。
それを全部確認し、何が足りないのかをチェックするのは大変だ。
俺も慌てて手伝う。


「此処は人ならざるモノに薬を売っている場所だ。
売っているだけなのだが、時折ああやって奥にある部屋を使わせてくれと言ってくる輩がいる」


此処は広さだけはあるからな、と百舌君は呟いた。
確かにここは外から見て分かる以上の広さがある。

一度何処まであるのか試して見たけれど、奥に行き着く事は出来なかった。
一部屋20畳ほどの小奇麗な和室の襖を開くと同じような部屋が。
その部屋の襖を開けるとまた同じような部屋。その次もまた同じ。ずっとそれの繰り返し。
違う部屋なのだと区別がつくのは飾られた花と、掛け軸でしか分からなかった。

この部屋と全く違うと分かる部屋は母屋というのだろうか、この棚が並んでいて店として機能している空間以外に俺は一つしか知らない。

唯一庭に面していて、縁側がある部屋。
10畳にも満たない小さな、でも心地良い日が当たる部屋。
そこは俺が突然眠る様になってから現れた。
まるでそこで寝なさいとでも家自体が言う様に。

その部屋を見つけた日だ。この屋敷はどこが奥なんだろうと思って、試したのは。

きっとこの奥に珠誉さんはいるんだろう。
一体どんな部屋にいるのだろうか、広い広い部屋で一人寂しくいやしないか。
良かったら、掃除くらいさせてくれないだろうか…――と思って。

でも行けども行けども奥は見えて来ず、いくつ襖を開けたか分からなくなって、諦めた。
踵を返して通り抜けて来た部屋を戻って行くと、途中で半泣きの山茶と風雪が迎えに来てくれた。

二人は俺を見た瞬間おんおんと涙を零して、神隠しにあったと思ったと腕に縋りついた。
なんでもこの屋敷そのものが珠誉さんが所持している空間で、余りに広い空間は持ち主の意思に関わらず、隙間に誰かを呑み込んでしまう事があるらしい。

二人にもう一人で奥には行かない、と約束しながら珠誉さんはどんな部屋にいるのだろうと再度思いを馳せた。



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