「それでね、狛犬ったら間違えて私に賽銭返せって言うのよ!!有り得ないでしょー!?」
「そうですね、それは大変でしたねぇ」
俺はのほほんと笑って彼女の話に相槌を打った。
俺が反応を返すと彼女は更に嬉しそうに、楽しそうに話を続ける。
だが、暫く話しているとぴくりと止まって慌てて立ちあがった。
「もう行かなきゃ!」
「そうですか、それじゃあ」
「……」
「どうかしました?」
彼女は黒く長い髪の間から俺をじっと見つめると、おずおずと
「…あの、ね。触っても良い?」
「俺に?」
こくりと彼女の首が振られる。
「ちょっとだけだから…」
本当に申し訳なさそうに尋ねる彼女に大きく笑って見せた。
「そんな事聞かなくても良いですよ。どうぞ?」
ぱあっと彼女の顔が明るくなる…といっても膝に付きそうな程長い前髪の隙間からしか表情が窺えないから良くは分からないのだけど。
白く、むしろ青白いと形容した方が良い色の手が伸ばされて、そっと俺の手を握った。
「……あったかい…」
ぽそりと呟いた彼女の手は冷たかった。
「…また来ても、良い?」
「次のご来店お待ちしております」
おどけてそう答えると嬉しそうに彼女は笑う。
「久!!」
「ふあい!!!」
急に名前を呼ばれて慌てて振り返ると白い長髪だが、毛先は黒色の青年が金の目を怒らせて立っていた。
「お前また…!!!!」
どすどすと足音を立てて青年が近づいてくる。
「いい加減にしろ!いくらお前の弟と我等が必死に守ってもお前から近づいたら意味が無いだろうが!」
「え、いや…だって、お話したいって言われたら断れないというか…」
「断れ!ああもう、お前の弟の苦労が十二分に分かるわ!!」
ちっと大きな舌打ちをして青年が俺の腕を掴んで『皐月堂』の屋内へ歩き出す。
引き摺られながらふと後ろを振り返ると、さっき彼女が座っていたとこには大きな水溜りがあって、握られた手は濡れていた。
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