開けて、直ぐに戸をピシャンと閉めた。
外には出ずに。
「な、なんだあれは…」
外は正しく魑魅魍魎が百鬼夜行の如く跳梁跋扈して…。
使った事のない四字熟語がわさわさと出てくる程、外には妖達がそれこそわっさわさといた。
名も無き微弱なモノから大きくてさっきの鵺位のモノが外で待機している。
…何を?
「兄貴をか…っ!」
ぎりりと奥歯を噛み締める。
鵺が倒された事がきっかけで兄貴の事が知れ渡ったようだ。いや、元から噂程度にはあったのだろう。鵺が知っていた程だ。
それが俺が鵺を殺した事で裏付けされてしまったのだ。
彼らは巫女の癒しを、受邪を求めて来たモノ達だ。
ここに集まった彼らは知っている。悪い事をしなければ巫女が自分達に心地良い存在である事を。
いや、もしかしたら鵺のような奴も混じっているかもしれない。
そんな奴らに兄貴は受邪の力だけしかないとばれてみろ。
今外にいる以上の妖が集まるのは火を見るより明らかだ。
いくら力が弱いといえどその妖達全てを相手に出来る自信はない。
なにせ巫女は無差別に滅する事は出来ないのだ。
いや、例え俺自身の事を顧みずに妖を滅しても良い。良いがそれも長くは続けれないだろう。
これでは兄貴は壊れてしまう。近いうちに。絶対。
一族に話を付けている暇も無い。これは今すぐに解決しなければいけない問題だ。
――俺の力ではどうしようもない…他の力を…もっと大きな…。
俺は振り返ると鬼の襟首を掴んで引き寄せた。
「お前、兄貴を護れ」
鬼の目が丸く見開かれる。
「外に妖がわんさかいる。このままじゃ兄貴が危ない。お前が外に出て蹴散らせ。そしてこれから俺と一緒に兄貴を護れ」
「な、にを…」
ずりっと鬼が後ずさり、怖れを抱いているような視線を兄貴に向けた。
「無理…無理です。私は人の子は…」
「今この場ではお前しかいないんだよ!お前が兄貴の背後につけ、そう『約束』するだけで良い。名前を教えろとまでは言わねぇから。
それだけで外の雑魚は簡単に兄貴に手が出せなくなる。兄貴のその力をどうにかする方法を見つけ次第その『約束』は反故にしてやるから」
「し、かし…」
鬼は力なく頭を振った。
「…決めたのです、もう私自身は人の子に深く干渉しないと…」
「うっせぇな!お前がどうだか知ったこっちゃねぇよ!!!」
がっと鬼の白いが男らしい首に片手を掛けて力を込める。
巫女で破邪の俺の物理的な攻撃は妖にとって通常以上の苦痛を伴う。
鬼の柳眉が苦しげに寄せられた。
『何を!止めてくれ!』
「うるせぇ!兄貴を護る力が無い奴は黙ってろ!」
驚き、身を起こしたが怪我の苦痛に再度倒れた貘の悲鳴混じりの懇願を叩き伏せる。
この中では鬼の次に強いだろうが、こんな力では足りない。この鬼並みの力が無いと駄目なのだ。
本当だったらこんな堕ちかけた鬼なんざ兄貴の側に置くのも嫌だ。
しかし、今は選んでいる余地は無い。
そしてどんなに鬼が拒もうと、俺はそれを聞きいれるつもりは無い。
拷問じみた苦痛を与えてでも、無理矢理言わせてやる。巫女云々の前に人としてどうだと言われても構わない。
兄貴を守る為ならば何だってしてやる。
俺の目を見てそれを察したのか鬼は苦しみながらも諦めたように目を閉じた。
「…私は直に手を下しはしませんよ…?」
「良い。鬼が背後についているという事実だけで良い」
深い呼気と共に鬼は
「兄君を…『久殿をお護りしましょう』」
呼気に紛れそうなくらい細い声で、そう『約束』した。
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