糸の切れた人形のように崩れ落ちた兄貴を寸前で抱きとめると小さく舌打ちをする。
もしやとは思ってはいたが…。
「ち…っ、やっぱりか」
「どうしたのだ!?」
「ヒサ殿はいかが致したのか?!」
人間の姿に戻った双子が慌てて兄貴に縋ってきた。
鬱陶しいが、あまりの慌てように少し、ほんの少しだけ可哀そうになって言葉を掛けてやる。
「なんでもねぇよ、大丈夫だ」
『それも受邪の巫女であるが故でやんすか?』
猫が俺に囁いた。その聡さに再び舌打ちをする。
それを肯定と受け取って猫は語った。
この猫は思った事を口にしないと気が済まない質なのだろう。
『先ほどから久殿の言動を窺うと、鯨の如く全て呑み込んで受け入れているご様子…。
思うに、久殿の受け入れる量に頭が付いていけないのでは?』
その通りだ。
兄貴は器が広いというよりも、器の底が無いのだ。
何もかもブラックホールの様に呑み込んでいく。
それこそが受邪の力。
しかし心は受け入れても頭がそれに付いていけず、あまりに受け入れる量が多いとキャパオーバーを起こしてしまう。
そうすると危機を感じた身体が眠りへと精神を誘う。
簡単に言えば手っ取り早く周りの情報をシャットダウンさせてしまう訳だ。
それも普通の眠りでは無い。
急激な眠気に襲われ、抗えずにまるでスイッチを切るように寝てしまう。
幼い頃は特に良く寝ていて、親戚一同の心配の種の一つだった。
受邪の力しか持っていないという存在は今まで一族の中にいなかったが、対になっている筈の力のバランスが崩れ、受邪の力の方が破邪を極端に上回る存在は数人いたそうだ。
その存在の末路は皆悲惨なものだったと聞く。
発狂してしまったのだ、最後には。
全部を受け入れて、なのに頭が付いていけなくて、寝ても夢に出てきて、四六時中情報を受け入れ続け、道が無くなった脳が選ぶ最後の手段が『自ら壊れる』事。
これが両親共々、兄貴の力をどうにかしたいと思う最大の訳だ。
俺が一生共に付いている訳は行かないというのも確かにそうだが…。
それを防ぐ為に両親は色々な方法を探している。
俺もその為に兄貴からこういう類のモノを近づけない様にしなければいけなかったのに…。
自らと全く違うモノを受け入れるのが一番要領を使い、危ない。
『このままではいずれ壊れてしまうでしょうね………弟殿、一つ良い方法がありやすよ?』
「は!?」
何を言い出すのかこの猫は。両親が兄貴が生まれてからずっと探していた方法を知ってるというのか。
『人ならざるモノの中の特定のモノ一つと真名を教え合えば良いでやんすよ』
「…」
『そうすれば久殿の力はそのモノだけに向けられますから余分な事を受け入れなくて済む。
それにその契約を結べば、そのモノ以外は久殿に手を出せなくなりや…ぐうっ』
気付けば片手でぎりぎりと猫の首を絞めていた。
怒りで脳が溶けそうだ。
こいつらは皆そうだ。
こいつらは嘘を言わない。嘘は言わない。『全て』を言わないだけ。
だから俺はこいつらが嫌いだ。
その小狡さが、飄々とした顔が、人の子を求めながら自分は簡単に裏切る所が!
猫の四肢がばたばたともがく。
「俺達がその方法を知らねぇとでも思ったか?
それは永久の契りだろうが!死ぬまでどころか、死んでも続く契約だ。
生まれ変わった相手を契約した人ならざるモノは必ず見つけ出す。
それだけじゃねぇ。契約した人ならざるモノが堕ちた時、一番最初に喰われる契約でもあるだろうが!」
死んでも続く鎖。それは転生して尚続く。
それが切れるのは契約したモノ同士、どちらかがどちらかを手に掛けた時。
もしくは妖が他の妖に命を奪われ消滅した時…しかしその場合、妖が留めていた力が一気に返って来るので巫女は結果壊れる。
つまりこれを結んだ瞬間に巫女の…兄貴の命は契約した妖が握るに等しいのだ。
そんな歪な鎖で永遠に兄貴を縛れと言うのか。
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