「…、…俺はね、ここの山にいる人を惑わす人ならざるモノの退治を言いつかったんだ…。
…でも、俺にはそういう類のモノを見る力はあっても、まさか退治出来る力なんて持っている訳がない…つまり…体の良い、贄だった…」
『な…』
唖然とした。
何故善が?何故人の子がそんな事を?
「俺はこの髪の色で忌み嫌われていた…これは人ではないと、ね…」
『そ、それだけのことで…?』
何と愚かで浅はかな…っ
善の身体を抱きしめる腕に力が籠る。
憎しみがふつふつと湧き上がって来た。
「俺は…お前がそのヒトならざるモノかと、思っていたんだ…でもお前なら殺されても良いかなって…。
そもそもが、違ったんだな、すまない…」
善はまた笑って口から血を吐いた。
善の身体が痙攣を起こす。それがとても怖くて俺は泣いた。
『許さない…許さない…っ』
「…、…」
また善が俺の名前を呼んだ。
「許して…やってくれ、これが人だ。身勝手で、自分と違う物を排除する。それが人だ。俺だって…その人間だ」
首を振って俺はそれを否定した。
違う、お前は違う、優しい。優しい人の子だ。
「でもな、他に優しくする、後悔して泣く…そんな脆く、愛おしいのも人だ」
俺だけを見て、人を怨むなんて事をしないでくれ。
悲しげに善は笑った。
善の息が浅くなる。
「俺は、お前が人を怨むとこなんて見たくない」
だから、な?お前は人の子を愛してくれ。
そう言い終わらない内に善の身体が一度大きく痙攣して、動かなくなった。
『嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!
俺は許さない。お前が此処から居なくなることも!お前をこんな目にあわせた人間も!』
俺は絶叫した。
このままでは善とお別れだ。腐って、崩れて、土になって、居なくなってしまう。
『そうだ…』
涙で濡れた目を見開いて俺は善の首筋に口を寄せた。
――居なくなる前に食べれば良い、そうすれば善は俺の一部になる。
『俺と一緒に生きよう…』
俺は鋭い歯をまだ温もりのある首筋に突き立てた。
善の身体は甘かった。
皮膚を貫き、肉を裂き、臓を嚥下し、腱を咀嚼し、血を啜り、液を舐めとり、骨を砕いて畳に赤い染みが残るだけになった時、瞳が熱くなった。
口の周りを血で汚し、ぼんやりと長い間呆けていた私の耳に人の声が入った。
胸の内で憎しみの火が灯る。
『おのれ…』
呻き、足を引き摺りながら声のする方へ足を向けた。
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