[四+] 

あの日、私は幸せと言う物はいとも簡単に崩れる事を知った。



その日、善が少し体調が悪いと言って寝込んだ。
私は食べなくても生きていけるが、善はそうではない。
善の為に沢に魚を取りに行き、戻って来て戸を開いた瞬間に時が止まった。


――ぐちゃり、ぐちゃり…


血の匂いと、生温かい風。
善の寝ている筈の場所に何かが覆い被さっていた。

…そこから湿った音が聞こえる。


ばさり


持っていた魚が落ちた音で覆い被さっていたモノが振り向いた。
胴から生える6本の腕、ざんばらな黒髪から覗き見える鋭い乱杭歯、淀んだ八つの紅い瞳を有する顔。


その腕に何を掴んでいる?手に握っている小さく脈動する塊はなんだ?

その口は何で濡れている?咀嚼するその口は今何を砕いた?

その顔に飛び散るモノはなんだ?その目より赤いのは一体―――


ぼんやりと目を横にずらし、覆い被さっていたモノの下から朱に濡れた白い腕がピクリと動いた瞬間、絶叫をした。


「あ゙…………あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!」


瞬時に元の姿に戻り、爪を伸ばして相手に襲い掛かる。
右手で目を刳り貫き、左手で胸を貫いた。
それでも飽き足らず、肉を千切っては捨て、千切っては捨てる。

頭が真っ赤で、何も考えられない俺の耳に細い呼気が聴こえた。
返り血を浴びていた俺は慌てて振り返る。

善は両足と右腕が無くなっていて、腹部にも穴が開いていた。


「……、……」


ひゅーひゅーと気管を鳴らす耳障りな音がする。
彼が、善が俺の名前を呼んでいた。


『善!ぜん、ぜん、善!!!』


血に濡れた両手で善を掻き抱く。
頭が状況に付いていけなかった。


『ああ、あああ…何故…!?ああああ、あ』


アイツは人を喰らう堕ちたモノだった。
多分、この山に来て善を狙っていたのだろう。
しかしその側にまだ未熟と言えど鬼の俺がいて手出しが出来なかった。

だから俺が離れたこの時を狙って善を襲ったのだ。
未熟故に存在に気付けなかった事に愕然とする。

蜜色の髪を血で固めて善が震える手で俺の頬を撫でる。
その事で頬に血が付いてしまったのだろう、善は苦笑した。

俺の大好きな顔。


「何も言わずに、逝こうかと、思っていたんだ…けどね…」


ごぼりと喉の奥から血を吐き出して善が目を細めた。


「如月は…賢いから、何かの拍子に本当の事知っちゃったりしたら…いけないと思って」


ごぼごぼという音が酷く耳障りだ。



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