あれは何年前の事だろう。
いつの事かは思い出せないが、はっきりと覚えている。
生まれてまだ100も超えて無い私は山奥で一人で存在していた。
ぽつりとそこに一人でいて、時たま通る人の子を眺めるのが趣味だった。
不可思議な生き物。
意思薄弱で、脆弱な存在。
けれども心底惹かれる何かを感じていた。
どうにかして触ってみたい、話をしてみたい。
けれども鬼として力の弱い私の姿は人の子には見えず、言葉を交わすことももちろんできなかった。
だから迷った人の子を里の方へ石を投げたり、木々を揺らして導いたりして、そっと見て来た。
彼らが笑った顔が好きだった。
「おや、鬼」
五月の温かく緑が萌えるある日、ある人間と出会った。
「随分と幼い、若い鬼ですねぇ」
『お、俺が見えるのか?』
驚いた。
人の子が自分を見えるだけでも驚きなのに、自ら話しかけてくれたなんて信じられない。
自分がどんな姿をしているのか知らないが、顔を手で撫でると人の子には無いモノが額と頭についていたから多分見た目は人の子と違うのだと思っていた。
「ええ。
私自身は違いますケド、血筋の中にそういう輩がいるので少々私にも見るくらいの力があるんでしょう」
見た事もない薄い色素の髪を持った人の子だった。
蜜の色…太陽の色。
でも目は黒い。
『さ、触ってみても良いか?』
「どーぞ?」
そっとその手に触れてみる。
『あたたかい…』
男が拒絶しないのを知ると俺はその髪に手を伸ばす。
まだ背の小さい俺の為に男は触り易いように身を屈めてくれた。
『綺麗だ…こんな色、見た事が無い…』
「貴方に綺麗と言われてもねぇ…からかわれているみたいですよ」
『?どういう意味だ?』
「貴方の方がずっと綺麗って事です。本当、人には無い美しさですねぇ…」
苦笑しながら言った男の言葉の意味は良く分からなかったが、誉められているのは分かった。
『俺は綺麗なのか?見た事が無いから分からない…』
「そうなんですか、勿体ない。あ、私のこの髪の色と貴方の目の色、同じですよ」
『!そうなのか!』
こんな綺麗な色を俺は持っていたのか。
それがなんだか嬉しい。
「うーん…なんだかこっちの調子が狂うなぁ」
男はまた小さく笑った。
その言葉の意味を知るのは、絶望の淵で泣きじゃくる時だと言うのを私は知る由もなかった。
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