真 

鵺に蹴りを打ち込んでいた人間は死んだ鵺の姿がかき消えるまでずっと無言で攻撃を止めなかった。
始終無言だったがその背は強い怒りを語っていた。

その怒りを消す事の無いまま人間はこっちを向いた。

――これが【巫女】。

びりびりと痛い空気の中で悟った。
流石にこんな力を放つ存在を目の前にして気付かない訳がない。

鵺は久が巫女だというような事を言っていたが、間違いだ。
『彼』が本物の巫女だ――。


【巫女】
それは我らヒトならざるモノを滅する力、『破邪』を持つ存在。
字の通り女がなる事が多いが、男でもその存在はいるという。

ゆっくりと巫女なる男はこっちに近づいてくる。


『巫女よ、我は良い。我の命はくれてやる故、この方には手を出してくれるな…っ』


霞む目で男を見据え、震える四肢で地を踏み締めて請う。


「アンタには手を出さねぇよ…。
いっとくけどな、堕ちてない妖を滅するほどこっちも非情じゃねぇし、暇じゃねぇんだよ…。
でもアンタは駄目だ。もう『堕ちて』る」


そう言って男は珠誉様を指さし、我を踏み台にして躍りかかる。
その速さに手負いの我は反応出来なかった。
いや動けなかった。なんらかの術を掛けられたのか我の身体はピクリとも動かなかった。


『珠誉様――――!!!!!!』


絶叫した。珠誉様は絶対に抵抗しないだろう。
『人の子』に絶対珠誉様は抗わない…っ

痛みに叫ぶ肋骨を無視して身を捩じり後ろを振り向いた。
ぶちぶちと何かが千切れる音と激痛がしたが構わない。


「…んで抵抗しない」

「…」

「おら、どうした。殺すぞ」

「…良いですよ」


振り向いた我の目に入ったのは、後少し動かせば珠誉様の眼球を刳り貫きそうな位置に指を用意している男と、表情を全く動かさず立つ珠誉様だった。


『お願いです珠誉様、抵抗してください!!!お願いしますっ!!!』


振り返るだけで精一杯だった我は泣きながら叫んだ。


『貴方の力なら生き延びれます。お願いします。どうか諦めないで…っ』

「だってよ。俺もそう思うぜ?アンタ鬼だろう?足掻いて見せろよ」

「……もう、良い。人の子の手で殺されるなら本望…」


顔を歪め、男は溜息をついて手を離した。


「あーやだやだ。自殺願望の妖だなんているんだな、世の中いったいどうなってんだよ、ったく…」


ぷらぷらと手を振ってどかっとその場に男は座りこんだ。


「貘のアンタも、鬼のアンタもなんか勘違いしてるかもしんねぇけど、巫女は無差別なわけじゃねぇんだからな?即実行は現行犯しかしねぇよ」


だから…と男は目を眇めた。


「なんでアンタが堕ちてるのに正気を保っているのか、んでもってなんで兄貴を助けるために元の姿に戻らなかったのか教えてもらおうか…。
答え次第では許さねぇ…」

『兄貴…?』

「ああ………俺はアンタ等が久とか呼んでる奴の弟だ」



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