しかしその顎が閉じられるよりも先に、鵺は横に突き飛ばされた。
鵺を突き飛ばした存在は俺の上を跨いで轟と吼えた。
それは白い――虎。
いや虎なのか微妙だ。
白い毛には虎特有の縞模様ではなく波紋が描かれている。
でもそれさえ省けばテレビや動物園で見た事のある虎だ。若干大きいかもしれないが。
俺をまるで守るかの様に立ちふさがるその白い虎は鋭い牙を剥きだして唸っている。
『あれぇ…おかしいなぁ。思い切り踏みつけてやったのになぁ』
というか元の姿に戻れたんだなぁ、と嘲り嗤う鵺。
『五月蠅い…こいつに手を出すな…下がれ下衆が』
低い男性の声が白い虎の口から零れる。
その声に聞き覚えがあった。
『にしても不気味な姿だなぁ。五種あるべきなのに一種しかないというのはよぉ』
『…黙れ』
『悪夢を喰らう貘が産んだ忌み子と、身を鎧う術を持たない【巫女】ねぇ…お似合いなんじゃねぇか?』
『黙れといっている!!!』
ぐるるるぁああああっと大きく吼えた白い虎の口の端から朱が線を引いて床に落ちた。
『やっぱり無理してんじゃねぇか。なあそいつを寄こせ。お前は別に【巫女】に興味なんかないんだろう?
どうせ今の会話でコイツが【巫女】だって分かったってとこだろう?
お前が人間の事を嫌いなのは知ってんだ。傷ついた身体でなんで庇う。
喰いたいのか?なんならわけてやるぜぇ?
ほらさっさと渡せ。
【巫女】が側に居ながら分からない程力を失って、俺に踏まれて、立ってるのもやっとなくせしてよぉ』
『それ以上口を開いて耳障りな声を発してみよ。我が身滅んでもその首にこの牙突き立ててやる』
『…俺はお前のそういう上から目線な所が大嫌いなんだよなぁ……!!!!』
鵺の身体が跳び上がり、虎を抑え込む。
けれど虎の爪が猿の右目下からざっくりと裂いた。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛この野郎ぉおおおお!!!』
蛇が怒り狂って虎の脇腹に噛みつく。
『ぐっ』
虎は低く呻き、鵺の後ろに目を向け目を見開くと鵺から離れた。
『あ゛?』
何かと後ろを向こうとした鵺が物凄い勢いで『蹴り』飛ばされた。横に。
大きな身体が棚にぶつかって、置いてあったものが落ちて割れる。
あがぁあああああぁあ!!!!
と絶叫する鵺の横腹にまた蹴りが叩きこまれる。
普通の蹴りではないのはすぐに分かった。
あれだけ大きな身体を有する鵺が軽々と吹き飛ばされ、おまけに蹴られた横腹から煙のようなものが上がっている。
その『人』はただ機械的に鵺の横腹に蹴りを打ち込んでいく。
唖然としている俺の手を誰かがきゅっと握った。
突然の事に驚きながら見てみると見知らぬ男の子が手を握っていた。百舌君よりも幼い。
その子の後ろにももう一人男の子が立っていて、あいているもう片方の手を握った。
「こっち!」
「こっちに来やれ」
「ここは危のうございます」
「我らは貴殿に危害は加えぬ故」
「早う!」
「早う」
交互に口を開いて囁くと、俺を引っ張って行こうとする。
「い、いや俺、外に出るなって…」
「安心いたせ」
「我らが案内をいたします!」
「故に」
「大丈夫でございます!」
暗い中互いの顔はよく見えないけれど、少年達は焦っているようだった。
小さい子供に早く早くと急かされると悪いことをしている気がしてしまう。
そうして次から次へと物事が進んで何が何だか分からない俺は、彼らに手を引かれてこの場を離れた。
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