「ぐ…っ」


低く百舌君が呻く。
慌てて駆け寄ろうにも身体が動かなくて、声も出ない。
さっき百舌君が俺に何かしたからなのか。


『美味いのは良いんだけどよぉ。巫女は破邪の力を持ってるっていうじゃねぇか。
ここらで力の着く物喰っときたいんだよぉ。
貘は美味くねぇけど、こんだけ長生きしてる奴なら力はつくだろうと思ってなぁ』

「…ほぉ…無い脳味噌でそこまで考えられたか…誉めてやろうぞ」


苦しげに言いながら百舌君が唇を歪めた。


「同胞を喰う事に躊躇いを無くす程身を窶したか…哀れな」

『うるせぇなぁ。
長い間こんな埃っぽい所に閉じ籠って、人の姿をとり慣れて、力の鈍っちまった奴に哀れなんて言われたくねぇよ。
実際、本当は俺に踏み潰されないようにしてるだけでいっぱいいっぱいだろぉ?如月さんもよぉ』


その言葉にはっと百舌君が俺の後ろに目をやる。
俺もどうにか首だけ回して目を向けると、何か黒くて小さいモノに集られる珠誉さんが映った。

柳眉を寄せながら白い手で打ち払う仕草をすると、甲高い笑い声を上げて集るそれはばらばらと落ちるが、後から後から何処からか湧いて来くるので珠誉さんの半身は既に埋もれてしまっている。


「貴様っ!!!!」


虎の脚の下で百舌君が怒ってもがく。


「…煩わしい…」


珠誉さんがいつもは感情がこもらない声に僅かな苛立ちを匂わせて、手を自分の額に手を向けた。


「いっ、いけません!!珠誉様!!」


何故か慌てて百舌君が叫んだ。

どうにかしなければ と身体を縛る何かから逃れるためにとにかく力を込め踏ん張る。
するとパチンとさっき包まれた暖かい膜の様な物が割れ、冷たい空気にさらされる感覚がした。
それと同時に身体が自由に動くようになる。

俺はすぐさま珠誉さんに駆け寄ると、その身体に集る小さなモノを片っ端から引き剥がし始めた。
百舌君を先に助けないといけないのは分かっていたが、そのためにも珠誉さんを助けなければいけないのだと頭のどこかで理解していた。

猿の赤く淀んだ目が小さい生き物を引き剥がす俺を捉える。
そのねっとりとした視線が俺に注がれた瞬間、ようやく俺は今までこの獣に自分の姿が見えていなかったのだと気付いた。


『…みぃつけた』


にぃいっと鵺が笑った。


「え……?」


さっきまで百舌君を踏みつけていた脚が何故か俺の上にあった。
それを認識した途端に物凄い圧迫が胸を押し潰す。


「あ゛…あぐ…ぁあああああああっ!!!!!!」


みしみしと肋骨が軋む音がする。肺が悲鳴を上げる。

苦しい。苦しい。

そんな苦しい中、百舌君はと首を捻ると四つん這いになって震えていた。
――良かった、生きてる。と思った時に力が抜けて、尚更圧迫を受け入れてしまって叫ぶ。


『みつけた、みつけた、みつけたぞぉ。ああやっぱり良い匂いだなぁ』


猿が嬉しそうに嗤い、蛇がせわしなく舌を出し入れする。
苦しさにもがく俺を猿がせせら笑った。


『なんだぁ?そんな事で抜けだせると思っているのか?んん?もしかしてお前…』


猿の顔が近づき、俺の瞳を覗きこむ。
淀んでいる赤に見つめられると呑み込まれてしまいそうだ…。


『こりゃぁ良い獲物だぁ!!破邪の力をお前持って生れて来なかったのか!
巫女相手に今のオレじゃあ少し不安だったが、杞憂だったなぁ!
傑作だ!!お前の母親は美味い肉の塊を産んだって事かぁ!』


げらげらと猿と蛇は笑い、目をうっそりと細め


『怨むなら親を怨めよぉ、身を鎧う力をくれなかった親になぁ!!』


とがぱりと双方一緒に口を開いた。



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