訪 


どんよりと曇った空 生温かい風。


「今は…」

「灯点し頃…黄昏時です」

「そうですか…」


珠誉様は何を見ているのか分からない目で店内を眺めた。
珠誉様が口にした『嵐』いうのは招かざる客の事。

この店は人ならざるモノが欲しがる薬などが置いてある。
人と違うが命あってそこに居る限り、生活をしなくてはいけないし、生きていく。
生きていく上で病にかかる事だってある。しかし人がかかる違う病だ。
そんな病に効く物がこの店にはあるのだ。

しかし、人ならざるモノの中には害を撒き散らす存在がいる。

そういう存在が店を訪れる前に、こちらからお断りをする――つまり店に入られないようにするのが『準備』だ。

珠誉様はそれに逸早く気付かれた。
その時にはまだ我には分からなかったが、今でははっきりと分かる。

――近い。そして店に入りたがっている。

けれどもこちらの『準備』は万全。招かない限り入って来れないだろう。
夜を明かし、日が昇るまで戸を開かなければ諦めるはず と思っている我の耳に『準備』が破れる音が響いた。


「な!?」


驚く我と珠誉様の目の前でゆっくりと戸が開いた。





「今晩はー隣のおばさんに沢山貰ったのでお裾わけしに来ましたー」


戸を開けて入って来た存在はそう言うと、にっこり笑って手に持っていたビニール袋を持ち上げてみせた。


「久!?」


何故だ。何故人間なんかが入って来れる。

ふと久が初めてこの店に入って来た事を思い出したが、即座に打ち消す。
今回の結界は前回久が破った結界の比ではない。それを何故…!?

焦る我の目に久がぶら下げるビニール袋の中身が目に入った。
瑞々しい、甘そうな、桃―――


「桃…!!!」


桃には魔を退ける力があると言われている。
その力と久の結界を破った力を合わせればもしかしたら…いややはりそれは―――

訳が分からず、混乱しているとぶわりと生温かい風が店の中に吹き込んできた。


「しまったっ」


久によって結界は完全にではなくとも破られてしまった。
その穴から『嵐』が入り込んでくるのは容易い。

まずい。

ここに踏みこまれるのもそうだが、何が一番まずいかというと久が…人間がいる事だ。
他の妖ならともかく、『嵐』と比喩される妖の前に人間を置いておくわけにはいかない。
しかし今から逃がしても遅い。

間に、合わない――…。



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