上半身を起こされたのでようやく相手の顔が見えた。
漆黒の髪、連なる銀の耳飾り、墨染の衣、紅の瞳。
一目見て息を呑んだ。
この人は…!
「お、に…!」
慌てて謝罪をしたが死にかけている身。吐息のような声しか出なかった。
本当の姿を見ずとも、彼が人ではない事。人外のモノの中でも上位を争える『鬼』である事はすぐに分かった。
『鬼』と言われて彼は少し眉を顰めた。
「…『貘(ばく)』…か」
そう自分は貘だ。
夢を喰い、己が糧とする獣。
「毛色は白と黒、形は熊、目は犀、鼻は象、尾は牛、脚は虎…と聞く」
けれども…。
「不完全…」
全てを暴くように目を細めて美しい鬼は言葉を続ける。
「確かに、毛色は白と黒…でも元がまるきり虎…」
そう、その通りだ。
決して上位ではない人外のモノ、かといって低級でもない『貘』。
人のあるところ自分たちは存在して、悪夢を喰らった。
そして、その中で自分は落ちこぼれ。
五種の獣の一部を有した貘の姿ではなく、一種の獣の形しかとれない。
人外である故に人には近づけず、仲間内でも化け物扱いをされていた。
忌み子だと。
理から外れた咎子だと。
自分の首に鬼の長い指が触る。
「…」
「…死にたいのだろう…?」
「…」
雨にぬれる目の前の美しい鬼を見る。
何の感情も映さない紅の瞳はどこまでも深く美しい。
白く長い指の感覚を首で味わいながら、こんな終わりも良いかもしれないと思った。
…こんな美しく綺麗で尊い存在に殺してもらえるなら…。
「…殺、して…くれ、ます…か…?」
「…ああ…綺麗なまま何も感じずに逝かせよう…」
「…」
「…」
「…」
「…なぜ泣く…?」
鬼は表情を変えずに聞いてきた。
「死ぬのが、恐いか」
「…いえ」
「私が、恐いか」
「いえ」
「ならば」
何故。
「……………嬉、しくて」
初めて『綺麗』と言ってもらえた。
醜く、不完全で、忌わしいこの身を『綺麗』と。
そういう意味で言ってくれたのでは無いと分かっている。
けれどもこの身は死しても『綺麗』な骸となることは無い。
なぜなら自分は理から離れた子だからだ。それを…。
貴方の手で自身はようやく『綺麗』になれるのだと思った。
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