[弐] 

上半身を起こされたのでようやく相手の顔が見えた。

漆黒の髪、連なる銀の耳飾り、墨染の衣、紅の瞳。
一目見て息を呑んだ。

この人は…!


「お、に…!」


慌てて謝罪をしたが死にかけている身。吐息のような声しか出なかった。
本当の姿を見ずとも、彼が人ではない事。人外のモノの中でも上位を争える『鬼』である事はすぐに分かった。

『鬼』と言われて彼は少し眉を顰めた。


「…『貘(ばく)』…か」


そう自分は貘だ。
夢を喰い、己が糧とする獣。


「毛色は白と黒、形は熊、目は犀、鼻は象、尾は牛、脚は虎…と聞く」


けれども…。

「不完全…」


全てを暴くように目を細めて美しい鬼は言葉を続ける。


「確かに、毛色は白と黒…でも元がまるきり虎…」


そう、その通りだ。

決して上位ではない人外のモノ、かといって低級でもない『貘』。
人のあるところ自分たちは存在して、悪夢を喰らった。

そして、その中で自分は落ちこぼれ。
五種の獣の一部を有した貘の姿ではなく、一種の獣の形しかとれない。
人外である故に人には近づけず、仲間内でも化け物扱いをされていた。

忌み子だと。
理から外れた咎子だと。

自分の首に鬼の長い指が触る。


「…」

「…死にたいのだろう…?」

「…」


雨にぬれる目の前の美しい鬼を見る。
何の感情も映さない紅の瞳はどこまでも深く美しい。
白く長い指の感覚を首で味わいながら、こんな終わりも良いかもしれないと思った。

…こんな美しく綺麗で尊い存在に殺してもらえるなら…。


「…殺、して…くれ、ます…か…?」

「…ああ…綺麗なまま何も感じずに逝かせよう…」

「…」

「…」

「…」

「…なぜ泣く…?」


鬼は表情を変えずに聞いてきた。


「死ぬのが、恐いか」

「…いえ」

「私が、恐いか」

「いえ」

「ならば」


何故。


「……………嬉、しくて」


初めて『綺麗』と言ってもらえた。
醜く、不完全で、忌わしいこの身を『綺麗』と。
そういう意味で言ってくれたのでは無いと分かっている。
けれどもこの身は死しても『綺麗』な骸となることは無い。
なぜなら自分は理から離れた子だからだ。それを…。

貴方の手で自身はようやく『綺麗』になれるのだと思った。



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