ざあざあと雨が降る。
己の汚れを落としながら。
己の涙を溶かしながら。
どうせならばこの存在も一緒に流してくれればいいのに…。
ざり ざり ざり
と砂利を踏む音は自分の横で乱れることなく通り過ぎて行った。
…これで何人目だろうか。
何日も降り続く雨の中、道の端に倒れている自分に気づくものはいない。
死にかけて弱っている今、映らないのは仕方がない。
いや、本当は見えても良いのだ。
ただ人が見ようとしないだけ。見たいと思わないだけ。
もしかしたら気付いた者もいたのかもしれない。けれども関わりを持ちたくなかったのだろう。
人とはそういうものだ。簡単に自分と違うものを排除し、無いものとして目を瞑る。
…まあ 助けて欲しいとも思っていないが。
そろそろ静かに消えても良い頃だろうと思うのに、死の間際になってまだ生きようとするこの身体に舌打ちをしそうな気分になる。
長引くだけ辛いのは己だというのに。
ざり ざり ざり
また自分のすぐ側を人が通り過ぎていった。
ゆっくりと目を閉じる。
ざり ざり… ざり ざり ざり
通り過ぎて行ったと思った足音が戻ってきて、耳元で止まった。
「…獣…」
ぼそりと足音の本人が呟くのが聞こえた。
…もう人の姿を保っていられなくなったのだろうか。
ゆるゆると目を開けるが、自分の顔のすぐ側にある己の手は人の手をしている。
視線だけずらすと黒い鼻緒の下駄とそれを履いている白いつま先が見えた。
ぱたぱたぱたぱた
と傘に当たる雨の音がした。
「…我はこのままで良い…お目汚し失礼した。…とくと行かれるが良い」
「かまうな」と遠回しに言ったが、黒鼻緒の下駄の持ち主は去ろうとはしない。
「…死ぬつもり、か…」
「…」
黙ると肯定ととったのか そうか… と呟くのが聞こえた。
そして耳を疑うような台詞を吐いた。
「では、お手伝い…しようか」
「…!?」
かさり… と軽い音をたてて黒塗りの傘が落ちた。
「…死にたい、のだろ…?」
髪を掴まれ、上半身を起こさせられたが、やることに対して一つ一つの動作が優しい。
おかげで髪を掴まれたというのに痛みはなかったが、その相反する動作が不安を煽る。
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