――礼をしたい。

――礼をしたい。

――我らにはその力が有る。

――しかし恐ろしい『破邪』が居る。

――『破邪』が居る。

――彼の者に礼をしたくとも出来ぬ。

――さすればどうすれば良いか…。

――どうすれば…。


曇り空にざわざわと音無き声が囁かれていた。




我はアルバイト…我の苦労を減らす者を雇った筈だ。
そうだその筈だ。現に雇った男は我の前で忙しそうに荷を運んでいる。

久がアルバイトを始めて1ヶ月程。夕時4時くらいから7時ほどまで働いている。
週に3日程で良いと言ったのに、何でも最近他の所を解雇されたとかで週5日…ほぼ毎日来ている状態だ。
ここに客は来るが何せ『そういう類』の客だから接客は我がして、荷の整理を久にさせていた。

別段仕事が出来ない男でもない。仕事を増やすような奴でもない。
むしろ効率良い動きをしていると思う。


「…のに何故にこんなに疲れる…」


我はがっくりと項垂れた。

雇った男――久は効率良く仕事をした…かなりの頻度で怪我をしながら。

品物を落として、とかそういう怪我の仕方ではないので仕事には支障は出ていない。
しかしどうしたらそんなに怪我をする事が出来るのかと驚くほど怪我をする。
帳簿を捲れば紙で指を切り、戸や引きだしを開ければ指を挟み、狭い所を覗きこんでは頭を打つ。
痛みに蹲ってる姿を見ない日は無いくらいだ、というか無い。断言しよう。

つまり我はあやつから目が離せないのだ。いつ大きな怪我をするかと気が気でない。

そんな我の前で久は小指を箪笥の角にぶつけ、声無く悶絶した。


「お、おい。大丈夫か?」


慌てて側にあった箱を抱えて近寄る。


「〜〜〜〜っ………あ、百舌君」


小指を抑えた状態で久は苦笑いをした。


「ごめんね…ってか、こういうの俺日常茶飯事だから放っておいてくれていいよ?」

「そ、そうなのか?」

「うん だから俺、弟に台所に入れてもらえないんだよね…」


『台所は火とか、刃物とかあるから入るな!絶対入るな!』と鬼のような形相で言われた。と笑う久をみて、こんな兄をもったらさぞかし苦労をするだろう…と少し弟が可哀そうになった。


「あと、こんくらいの怪我に救急箱いらないよ?」


我の手の中にある箱に目を移しながら久は笑った。


「そうか?」

「だって骨が折れたでも無し、血も出てないからね」


そういうものなのか…。

人では無い我は人がどこまでの怪我に耐えれるか分からない。
ただでさえ長く人との世界と関わって無いのだ。
人は脆く、脆弱な物。
こやつは珠誉様の傷を癒すために必要な人間だ。怪我をしてもらっては困る。


「我は良くわからん…まあ良い、いいか?死にかけるような怪我をした時はすぐさま我を呼ぶのだぞ」

「百舌君俺にどんな仕事させる気なの!?」


久は少し青ざめる。


「いや、そういう意味ではなくて…」


困ったどういえばいいか…とあぐねいていると、珠誉様が音もなく奥から出ていらっしゃった。
この御方は本当に陰のように唐突に現れになる。


「百舌――嵐の準備を」


しばし空を見つめていた珠誉様はなんの表情もなくそうおっしゃった。


「――っ、はい」


『それ』が何を意味するか分からぬ程我は愚かでない。


「久」

「ん?」

「明日の仕事は来なくて良いぞ」

「え?あ、はい」


きょとんとした顔を我に向けてそのあと久は頷いた。
まあ雇い主が来なくて良いというのに来る理由はないだろう。


…さて久方ぶりに忙しくなりそうだ。



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