「どーりで!!
…良いでやんすか?此処では己の本当の名前を名乗ってはいけやせん。
理由は申しやせんが、それが此処のルールだと割り切ってくだせえ。それが貴方様の為にもなる」
「…わかりました」
不思議なルールもあるもんだと頷く。
「物わかりの良い方で安心しやした」
にぃいっと二苗は笑う。
「して、何故貴方様のような方が珠誉殿の所に…?」
「ああ、あの昨日傘を貸してもらったもので」
キョトンと二苗はこちらを見る。
「珠誉殿が…貴方に、傘を?」
「あ、そうなんですよ。お風呂までお世話になって」
ぱっくりと口を開けて二苗は驚いた顔をした。
「風呂まででやんすか?!」
それはそれは…と呟いて、にぃぃいいっと大きく微笑んだ。
「ああ、すいやせんねぇ。あっしらの性分で楽しみな事が大好きなもんでつい…」
そう言いながらも細い目をさらに細めて、そうでやんすか…あの珠誉殿がねぇ…と呟いている。
「良いご兆しか、はたまた――…「二苗殿」
二苗が話そうとし始めたのを心地良い声が遮った。
「これはこれは珠誉殿!!」
昨日と同じ浮世離れした美貌を黒の服に包み込んで珠誉さんはそこに立っていた。
「久しぶりで…」
「ええ、そうでやんすね!!言いつかった物を持ってきて裏口に運んでおきやした!」
「代金は」
「そうっすねぇ…いつもの2倍のと、美味い酒で良いでやんすよ」
「それは…」
「良いでやんすよ!珠誉殿にはご贔屓してもらっておりやすし…今日は面白い物も見れやしたしね」
にぃっと目を細める。
そんな二苗に少し眉を寄せて見ると、俺の方に目を向けた。
「…何用で…?」
「あ、いえ、傘をお返しに来たんです」
お世話になりましたと頭を下げると
「珠誉様、荷を奥に運びます」
少年独特の高い声が耳に入って来た。
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