家 


「ただいまー」

「こンの馬鹿兄ぃ!!!」


ガチャリとドアを開けると、怒声と共にべちゃりと濡れた何かがお出迎えしてくれた。


「ぉぶ…っ?!」


思わずのけぞる俺にさらに怒声が浴びせられる。


「だから傘持っていけって言っただろーが!
あと帰るの遅れるなら連絡の1本くらい寄こせって毎回毎回言わせるな!!飯が冷める!!!」


張り付いた濡れたものをはがすと濡れた台拭きだった。


「ご、ごめん…今日、俺携帯忘れちゃって」


おずおずと上目で怒声の主を見上げる。
金に近い茶に染められた髪と、2、3連なるピアス。
見た目イケメンチャラ男は俺の弟の久遠 円(くどう まどか)だ。
そんな彼は今、髪をでこの上でピンで止めてお玉片手に青筋立てて怒っている。


「あんだと?!てめーこれで何度目だ!?」

「じゅ…17回目?」

「ちげーよ!そういう事が言いたいんじゃなくて、忘れ過ぎって事だ!!
あと、17じゃなくて19回目な!!!!」


…もう尻に敷かれっぱなしです、はい。

見た目はこんなんなのに中身は俺の抜けてるところを補うかのごとくしっかりしていて、両親が海外に仕事に出ている今、オカンとして君臨しています。


「あん?濡れてねーじゃねーか」


円は片眉を上げると、俺の髪に手を差し込んだ。


「あ、うん、親切な人がね、傘を貸してくれて…」

「へえ、そりゃ良かったな」


お、このまま話をずらしてしまおう。


「うん…!でね、そこの人本当に親切で、お風呂まで貸してくれ――…」


ああああああああ、まずった――…。

おそるおそる円の顔を窺うと、茶色の釣り目がとんでもなく釣り上っていた。


「…知らない人の家の風呂を借りたのか?てめぇ…」


『危ない』ってことばを知らねーようだな…?と、ごきごきと首を鳴らす弟兼オカンを真っ青な顔で見る。

知ってるよ!お兄ちゃん知ってるよ!!
今の円みたいなのを言うんだよね!!!!


「ごごっご、ごめんねっ、まどちゃん」


ああああああああああああ決定打――…。

がしりと両頬を掴まれて、ぎゅぅうううっと引っ張られる。


「何回その呼び方するなって言ったらわかるんだ…?」


円は自分の名前が嫌いで、特に幼いころ呼んでいた呼び方で呼ばれると凄く怒る。


「いひゃい、いひゃいよ!!」


ばたばたと暴れるけれど、いつの間にか自分より大きくなってしまった弟はびくともしない。
というか俺は文系のなよっとした感じなのに対して、円は運動バリバリに出来るから例え同じ身長でも、円の方が小さくても敵わないかもしれない。


「まひょか、ほめん!ほんほほめん!!」


引っ張られたまま謝り続ける。
もう兄のプライドなんてどこにもない。でもそんなの知ったこっちゃない!
俺の頬が裂ける!!


「もう携帯忘れるんじゃねーぞ」


こくこくと必死で頷く。


「あと、知らん奴をすぐ信じるな」


こくこく


「雨が降りそうだったら傘をもっていけ」


こくこく


「最後に『まどちゃん』って呼ぶんじゃねぇ」


こくこくこく


俺が頷いたのを見届けると両頬から手を離して、くしゃっと頭を撫でて


「じゃあ飯食うぞ」


と円は言った。

…本当、どっちが兄だかわかりません… 。



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