睡眠 | ナノ












ずっとずっと昔から、気付いた時には一番近くにいた。くだらない話に心から笑い転げて、くだらないことですぐケンカして。そんな毎日は俺にとってテニスと比べられないくらいに楽しくって、くだらない日々なんかじゃなかった。いつからだろう、あいつの笑顔が嬉しく感じなくなったのは。クラスも一緒、家も隣。今でも距離は何一つとして変わっていないのに。

そうだ、あの日からずっと、何をしたって俺の心の奥は満たされないんだ。






「あ、」

少し肌寒い夜。部活で疲れているはずなのになぜか寝付けなくってベランダに出てみたら、横から聞きなれた声が聞こえる。


「おまえなんでこんな時間まで起きてんだ?」
「ブンちゃんこそ」
「俺はな〜お勉強だよお勉強。えらいだろい」
「はいはい」
「信じてねーだろ」
「信じてますよー」
「そーゆーおまえは?」
「んー、お迎えまってるの」


にっこり笑って空の遠くを見つめる瞳。このまま横を見つめていたらなんだか自分の中の何かが崩れるような気がして、目を逸らす。空から迎えが来るだなんてずいぶん幻想的だ。でももしそれがあり得るとしたら、すごく切ない話のような気がして、ふと真っ暗な闇を見上げると雲ひとつない夜空に目が眩んだ。


「あーわかった」
「なにが」
「かぐや姫だ」
「ブッブー」


口を尖らせてけらけら笑う。なんだよ、絶対意地でも当ててやる。でも空からの迎えなんてかぐや姫以外思い出せない。二人して空を見上げながら静かな空気が流れる。なんでだろう、やっぱり遠い。一歩踏み出せば互いに寄りそえる距離なのに。





「ピーターパン」
「え?」
「あたしね、ネバーランドにいきたいの」


ネバーランド。ずっとずっと子供でいられる世界、何もかも忘れて楽しめる世界。日々に転がってるめんどくさいことも嫌なこともしがらみも全部蹴飛ばしてやりたいことだけやればいい。なんて最高な世界なんだろう。でも、


「一度いったらきっと楽しすぎて戻ってこれなくなるぜ?」
「それならそれでいいかなあ」
「俺はやだな」


不思議そうに見つめてくる瞳に心臓が跳ねる。俺はこいつの瞳が苦手だ。何もかも忘れてただ思うがままに手を伸ばしたい想いに駆られるんだ。


「大切なやつとか好きなやつとかと一緒に年とって、色んなことしたいじゃん」
「年とらないほうがたくさん楽しいことできるよ?」
「でもやっぱし、限りあるからこそ大切な思い出になってくんだと思う、じゃなきゃ意味ねーし寂しいだろ」
「あたしは、こわいよ」


上を向いたまま、そう呟いた。鼓膜に届く声が少しだけ重く感じる。皮肉だ、一緒にいた時間が長すぎてちょっとした変化も体が逃さず反応する。


「今あたし、この夜空が大好きだなあって思うの。でも明日になったらこの気持ちって変わっちゃうかもしれない。いくら変わらないっていったって絶対なんてこの世界にあり得ないんだよ、だから明日には」


最後まで聞き終わる前に俺は勢いよく自分のベランダの柵を飛び越えた。びっくりしたような瞳が月に照らされてきらきら潤んでいる。どうして俺はこいつにこんな限られたことしかできないんだろう。


「嫌いになっちゃうかもしれない」
「うるせー」


何も考えずに手を伸ばして抱き寄せた。もっと早くこうすれば良かった。でもこうやって抱き寄せてしまえば、今までの思い出も全て消えてしまうと思った。嫌われてしまいそうで怖かった。だけど、こいつも嫌われるのが怖いんだ、今までずっとそんな想いを一人で毎日抱えながら今みたいに泣いていたんだろうか、そう思ったらひどく胸の奥が軋んだ。


「ブン、ちゃ」
「絶対なんてあり得ないかもしれないけど」


ずっとずっと近くにいる、昔も今も。だからだんだん離れていくことが怖かった。引きとめたら傷つけそうで、自分が傷つきそうで。でももういいんだ、どんな方法でも。



「俺は何年先だってお前の傍にいてやる」



傍にいてやるなんて、ヒーローみたいな言葉。ただの自己満足でお前のためじゃない、自分のためだ。俺はずっとお前の傍にいる理由がほしいんだ。


「ありがと、」


そう言うと、俺の胸に顔を埋める。今こいつの心の中にいるのが一体誰かなんてわからないし、俺には関係ない。これから先、笑ったり泣いたりするとき隣にいれたらそれで十分だ。けれどいつかそんなおまえを一番近くで独り占めできたら、なんて高望みがふわりと浮かんで消えた。





抱きしめた絵空事





100305
花紡ぐ唄さまに提出

なんだか内容わかりにくすぎてごめんさない><
解説をすれば、ヒロインちゃんはブンちゃん以外の人を想っていてそれを邪魔したくはないけれど、ヒロインちゃんが大好きなブンちゃんです。

いつか続編かきたい笑






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