「欲しいな」 「え?」 「太陽が欲しい」
眩しそうに目を細めながら空に手を伸ばす精市は、思わず息を飲んでしまうくらい綺麗だ。その瞳はとても美しくてでもどこか悲しい色をしていて、なんだか目が離せなかった。それは精市の言葉があまりにも突拍子も無いものだったからとかだけじゃなくて、精市の横顔が空より透き通った色をしていたからだと思う。
「たいよう?」 「そう」 「さすがにそれは無理だよ」 「ふふ、そうだね」
春が近づいたからといって、外の空気はやっぱりまだ少し冷たい。それに屋上だということもあって風は容赦なくびゅうびゅう吹き付けてくる。今日は精市の誕生日、だけど誕生日らしいことをひとつもしていない気がする。これって彼女としてどうなんだろうか。ファンの子たちがお菓子やらなんやらたくさん渡しているのは見たけれど、肝心の精市はどれも「ありがとう」って微笑んで受取っちゃってなんだか私だけ出遅れたみたいだ。何度も何度も考えたけれど精市は本当に完璧すぎるくらい完璧でなにを渡したらいいかさっぱり見当もつかない。本人に聞こうとも思ったけれど、何が欲しい?なんて聞くのはなんだか気が引けて最後までその手段はなるべく避けた。でもこのまま何もしない訳にはいかないし、さりげなく聞いてみると返ってきた答えは、あまりにも現実とかけ離れているものだった。
「ほかにないの?ほら、もっと実用的なもので」 「んー、あ。今家のフライパン壊れて困ってるんだ」 「…たしかに実用的だけど」
深く息を吐いてふと横に目をやると、精市は薄らと顔に笑いを浮かべている。そして風に掻き消されてしまいそうなくらいに小さな声で「怖いんだ」って呟いた。その声は私の鼓膜を酷く震わせて、鼓動はどくんどくんと速くなる。
「欲しいものってよく分からないんだ」 「へ?」 「本当に俺が求めてるものはなんなんだろうって考えたらすごく怖くなるんだ。ましてやそれが手に入るとしたら今こうやって名前と過ごしている時間さえ失ってしまうんじゃないかって思う」 「私との、時間」 「うん、だから太陽が欲しい。欲しいっていうよりなりたいのかも」 「なるの?精市が」 「太陽の光は沈まないんだ。それにいつだって優しく温かく世界を包み込んで、輝いているだろう」 「うん」 「そんな存在になりたい」
声は強い春風に攫われるように空気に溶けていく。こんなにも近くにいるのに精市の心は私の指の間から零れ落ちてしまう、そんな気がした。掴まえなきゃ、ふとそんなことが頭の中にぽわんと浮かんで気づいた時には両手をめいっぱい広げて精市のことを抱きしめていた。 「名前?」 「あげる」 「え?」 「精市への誕生日プレゼント」
驚いたような顔をして私のことを見つめるその瞳はやっぱり綺麗だ。今まで精市が見てきたこと全部、この瞳の中にあるのかな。だとしたらそれは、どんなふうに描かれているのだろう。
「私が精市の太陽になる」 「名前が?」 「…楽しいときは一緒に笑って、悲しいときは一緒に泣いて。幸せなときもつらいときもいつでも私が精市を見てる。ずっとずっと、私は沈んだりしないよ」
精市はしばらく驚いたような顔をしていたけれどそれもすぐ笑顔に変わる。そして楽しそうにくすっと笑って私の腕をやんわり解いた。
「なんだかそれ、プロポーズみたいだね」 眩しいくらいの微笑みをそえて、精市は私を強く強く抱きしめられた。 甘い声が耳元でゆらゆら揺れる。嬉しくて恥ずかしくてだけど守りたくて、大きな背中に手をまわした。 空を見つめる精市の目に映っていたのは強さでも儚さでも羨ましさでもなかった。怖くて不安で満たされない思い。心臓の音が聞こえるたびに互いの心の隙間に血が通う。このときを手放したくないってそう思った。とくんとくんとくん、精市の音が聞こえる。
どこまでも一緒に歩いていけばいい、幸せも怖さも半分個にしてしまえばいい。誰もいない世界の中、太陽だけが私たちを温かく照らしていた。
センチメンタルな昼下がり
幸村くん、この世に生れてきてくれてありがとう!
幸村聖誕祭ゴッドネスガーデンさまに提出 090228
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