「あー!あんまんがない!」
白いコンビニの袋をがさがさ言わせながら大きな声をあげる。そんな子犬みたいな潤んだ目で俺を見ないでくれよ、罪悪感感じるだろーが。
「仕方ねーだろぃ。売り切れてたんだよ」 「だからってこんな肉まんばっかし…」 「うっせー」 「うう、ブンちゃんのばかぁ」
木々を揺らす冷たい風も灰色の空も全部全部飲み込んで、名前は俺の世界を温かく包み込む。だからいつだって名前見ているだけで俺の顔は自然と緩んでしまうんだ。 ぶつぶつ言いながらも肉まんをかじっている姿を見て、なんだか胸の奥が熱くなるような感覚がした。
「ほら、ピザまんも買ってきたんだぜ?」 「あ、ほんとだ!さすがブンちゃん」 「ふふん」
名前はくしゃっとした笑顔で嬉しそうに笑う。それを見ているだけでこっちまで嬉しくなって、もっともっと笑った顔が見たい幸せな顔が見たいって思っちまう。悔しいけれど、名前は俺を喜ばす天才だ。ひとつひとつの仕草が胸を擽って、このまま消えたって良いと思えるくらい幸せになるんだ。
「あれ、でもピザまんひとつしかないや」 「あー、あと一個しかなくってさ。前の人に買われそうで、マジ焦った」 「あはは」 「なんで笑うんだよー」 「だってなんかその時のブンちゃん想像したらおもしろくって」 「なんだよそれ」 「えへへ」
手の甲をコツンと頭に当ててやると、名前は舌を出してはにかんだ。そんな顔されたら怒る気なんて沸かなくなる。まあ最初から怒る気なんてさらさら無いけど。
「やるよ、それ」 「へ?」 「ピザまん」
本音言ったら俺だって食べたいところ、でも名前の喜ぶ顔でもう十分すぎるくらい満腹だ。袋からピザまんをひとつ取り出して小さい手に乗っけてやると、嬉しそうに微笑んで、でも複雑な顔でピザまんを見つめる。
「食わねーの?」 「うーん」 「なんだよそんなんなら俺が食っちまうぞ」 「それは嫌」
名前は複雑な表情を浮かべたまま、俺とピザまんを交互に見る。なんだかピザまんと比べられるなんてこっちまで複雑な気分になってしまう。
「あ!」 「どうしたんだよ、いきなり」 「良いこと思い付いちゃった」
にっこりと満面の笑みを浮かべて名前はピザまんをゆっくりと2つに分けた。真ん中から白い煙がほくほくと上がって空に溶け込んでいく。
「はい!」
なんて言ったらいいかわかんねえけど。ピザまんを差し出すちっさい白い手も真っ赤な頬もくしゃりとした笑顔も。 全部全部が愛しい。 俺ばっかこんな気持ちになるのはなんだか悔しくて寒さで赤みを帯びた鼻にかぷっと噛みついてやった。
「ひゃ!ブンちゃん、ピザまんこっち!」 「わかってる」
慌てて恥ずかしそうに伏せた瞳に唇を優しく当て、ピザまんを受けとる。こんなにあったかいのは一体誰のおかげなんだろう。
「おいしいね」 「だな」 「あったかいなあ」 「うん」 「ねえブンちゃん」 「ん?」 「明日もあさっても来年も、ずっと一緒いようね」 「…おう」
どこにも保障なんて無いけど、地平線の向こうまででもきっと行けるに違いない。温かさが生んだ白い煙は視界をやんわりとぼかしてやっぱり空に溶けていった。
雲の上で愛を語ろう
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