「名前、自転車部のマネージャーになってほしい。」 「え?」
大学生活が始まって早一ヶ月。 交友関係も少しずつ定まってきて、落ち着き始めたばかりの頃。入学式以来、久々に会った幼馴染から発せられた言葉は、予想外すぎるもので、思わず間抜けな返事をしてしまった。
「聞こえなかったか?名前に自転車部のマネージャーになってほしいんだ。」
顔色一つ変えず再度そう告げる彼は、私の小学校からの幼馴染、今泉俊輔。 俊輔は小さい頃から自転車に夢中で、その背中をずっと近くで見てきた。大学も、関東圏では名のある自転車競技の名門校である、ここ、関洋大学に進学し、毎日練習に没頭している、ようだ。だから入学以来、あまり顔を合わせることがなかったのだろう。
「いや、聞こえてはいるけど、なんで私?」
そんな彼から突然の訪問があったのはついさっき。俊輔は学部が違うものの、その鍛えられた体と整った顔から、既に学内では大きな噂になっている。そんな人がいきなり文学部の大講義室に現れて、私を呼び出すもんだから、女の子たちからの目線が痛くて仕方ない。
「なんでって、俺が頼める女子なんてお前くらいしか居ないだろ」 「だからって、いきなり、無理だよ。私自転車なんて、俊輔が乗ってるからこそ、大会とか少しは見に行ったけど、、全然詳しくないもん。」 「別に詳しくなくていい。力仕事は部員たちがやるしな。お前は簡単な雑務だけやってくれればいい。」
う、、と口ごもってしまう。 昔からそうだ。俊輔にはノーと言わせない雰囲気がある。しかも、俊輔が私に頼み事をすることなんて滅多にない。だからこそ、そんな簡単に断ることができないのだ。
「とりあえず、明日までに返事聞かせてくれ。先輩たちからも急かされてるから。」 「…わかった。」
そう言うと、じゃあな、と手を振って颯爽と去っていく。周りで友達が、「名前、今泉君と知り合いなの?!」などと騒いでいるが、そんな言葉、全然頭に入ってこない。適当な空返事だけを返して、ぐるぐる回る脳内をどうにか整理する。
1日の講義を終えた後、気づけば足は自然とそこへと向かっていた。
「関洋大学、自転車きょうぎぶ、、」 「そのとーりだ!キミが新しいマネージャーなのか?」 「ぎゃ!!!」
部室にかけられた札を目に入ったまま、口にしていると、突然後ろから肩を叩かれた。振り向くとそこには、これまた美形な、カチューシャをつけた男の人が立っていた。
「俺は堂々尽八!ヨロシクな!」
カチューシャの、人はそう名乗ると髪をサラリと靡かせて部室へと入っていった。
(あの人確か、高校の時の夏のインターハイで見た人、、)
そう、ここ関洋大学には、関東圏の様々な高校から優秀なロードレーサーが集まっている。その為高校時代は敵同士だった相手も、大学ではチームメイトなのだ。
「て、ことは、、あの時見てた強い人たちみんないるってことなの、、?」
無理無理無理!そんなの絶対無理! 心の中でなんども頭を横に振り、やっぱり俊輔には明日ちゃんと断ろう、と心に決めて、その場を立ち去ろうとしたその時、
「君が、苗字名前か。」
ずしん、と低い声が頭に響いた。恐る恐る顔を上げると、そこには高校時代何度か見たことのある、千葉総北高校の主将さんが立っていた。
「あ、あのー、わたし、」 「今泉の奴、仕事が速いな。すまないが、これからよろしく頼む。」 「え!いや、だからあの!」
それでは失礼する、と一瞥して、主将さんも部室の中に入っていってしまった。
どうしよう! どうしたらいいの!わたし!
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