黒百合の花束を | ナノ

大阪の探偵君


翌日。お昼頃に博士の家に向かえば、弟は既に来ていた。

弟は最近も事件に遭遇する事は多いらしく、今の姿でも警察関係者と仲がある。その知り合いの刑事さんから「毛利小五郎が関わった事件の調査書が警視庁から盗まれた」と教えて貰ったらしい。そしてそれを盗んだのが、哀ちゃんが逃げ出してきた組織のメンバーの可能性があると言う。
弟が飲まされた薬は毒薬で普通は死に至るもの。ただ、殺したはずの「工藤新一」が生きているのではないかという噂を聞き、且つ毛利小五郎の推理に不信を抱いたのではないかというのが弟の予想。


「まあ、オレが姿を眩ませたのと、「眠りの小五郎」が始まったのがほぼ同時期だから、怪しまれてもしゃーねぇけどな」

『でも新ちゃん、あなた、小五郎さんの傍にいたらそれこそ危ないんじゃないの?』

「大丈夫だよ!当の工藤新一の姿はねぇし、体が縮んでおっちゃんを眠らせて推理してる、なんて思いつかねぇよ」

『でも…』

「それに、ちょろちょろしてるオレに気付いても頭の切れる子供だなって思うだけだし、まだ調書盗んだのが奴らだって決まったわけじゃねぇしな!ところで今灰原は?」


弟が博士に聞くと、哀ちゃんは地下の研究室に籠っていると地下への階段を見ながら言った。この近辺で誰かが何かを調べている、なんて知ったら哀ちゃんが外に出たがらなくなるから心配させたくないと。だから絶対哀ちゃんに調書が盗まれたことは知らせないで欲しいと懇願された。


『それで?お父さんかお母さんに相談する訳でもなく、わざわざ私に頼みたいことがあるって呼んだのはなぁに?インターネット関係?それともお兄ちゃんに連絡?』

「いや、お兄さんはまだいい。あまり巻き込みたくねぇし…姉ちゃんもそうだろ?」

『まあ…出来ることなら。ということはインターネット関係?』

「というよりは、芸能関係だな。インターネットの方は博士に頼みてぇんだ」

『…それはお母さんに聞くべきでしょ』


お母さんは元々女優で、芸能関係の繋がりは今でもある。一応私も幼い頃に関係者の人達に会ったり、今少しずつ表メディアに出させてもらっているから少なからずいるけど、芸能関係を調べるならお母さんの方が適任だと思う。そう言うと「調べてもらう対象が若い人だから、母さんより姉ちゃんの方が適任だ」と言われた。

お母さんだってまだ若い方よ。


「しかし妙なんだよな…その調書を盗んだ奴、警視庁に封書でご丁寧に送り付けてんだよ」

「そりゃ…調べ終わって用がないから返したんじゃないか?」

『不審がられて警戒されるのに?』

「た、確かに…」

「考えられるのは、こっちの手の内は全てお見通しだっていう意味か、もしくは」

「誰かをおびきだそうっちゅう罠か…」


弟の声を遮って聞こえたのは、知らない関西弁だった。振り返ると後ろのカウンターにある椅子に、色黒の男の子が腕と足を組んでそこに座っていた。多分弟と同じ歳くらいじゃないかな。


「まあ、この場合おびき出そう思う相手は工藤、お前っちゅう事になるな」

「あぁ、多分な」

「けど分からんのー…ホンマにそれが罠なんやったら、なんでそんなややこしい方法をとったんや」

「そうだな…おびきだす方法はいっぱい……って…」

『お友達?』

「なんでオメーがここにいんだよ!?」


その子に指をさして分かりやすく驚いている弟に、笑って「博士に呼ばれたんや」と説明してくれた。


「ほんで、誰やねんこのねーちゃんは?」


首を傾げるその子に「姉ちゃんだよ」と不満そうに弟が言うと、「そういえば昔姉がおる言うてたな…」と顎に手を添えて思い出したようにその子は言った。弟の昔からの知り合いなのかと思えばそうでも無いらしく、お互いに名前か顔を知っているくらいの存在だったとか。
で、最近弟が小さくなった事を知って何かあれば協力してくれているそうで。


『じゃあこの子は、新ちゃんが小さくなった事を知ってる人なのね?』

「ああ。大阪で探偵やってる高校生で、オレと同い年の…」

「服部平次言います、よろしゅう頼んます」

『初めまして、工藤雪姫です』


平次君は大阪府警本部長の息子さんで、弟と同じ高校生探偵。関西の探偵と言えば服部平次と言われる程の推理力を持っているらしく、弟曰く「推理力は本当に高い」と。
博士はこの二人が大親友で、弟がひとりで悩みを抱えてるんじゃないかと少し前に相談したらしく、今日わざわざ東京まで来てくれたのだと。


『それで…話戻すけど何を相談したいの?』

「少し前に、杯戸シティホテルで灰原と一緒に組織のひとり、ピスコっていう奴を追い詰めだんだ」

『聞いてないけどそんな話』

「あ、後で話そうと思ってて…」


そのピスコという人物は、組織の情報が流出するのを阻止するため、収賄容疑で逮捕される寸前の議員である呑口重彦を暗殺する計画における実行役だった。杯戸シティホテルで行われた「映画監督・酒巻昭を偲ぶ会」の会場内で、天井のシャンデリアの鎖に発砲し、シャンデリアを落下させて事故に見せかけ呑口を始末。その混乱の中で偶然目撃した哀ちゃんをホテル内の酒蔵に拉致監禁した。
しかし、呑口を殺害する為にシャンデリアに向かって銃を発砲する瞬間を偶然カメラマンに撮影されており、その写真が翌日の朝刊の一面に掲載されるという失態を晒してしまい、他の組織の人間に射殺された。事件後は証拠隠滅のためか、彼の自宅は跡形もなく全焼したらしい。

その事件を解決する際、鍵になったのはハンカチだった。ピスコは銃を撃つ時、ハンカチをサイレンサー付きの拳銃に被せていた。ハンカチには発射残渣が残っているし、拳銃を撃った際の焦げ痕もあるからおそらく処分していただろう。だけど事情聴取の際にはハンカチを持っていたらしい。

ピスコを含めて警察に事情聴取された容疑者は七人いた。つまり、先に取り調べを受けてハンカチをチェックされることが分かっていた仲間が、彼にハンカチを渡したという事。


「ピスコを除いた容疑者は南条実果、三瓶康夫、俵芳治、樽見直哉、麦倉直道、クリス・ヴィンヤードの六人…全員よくマスコミに顔を出す有名人だが、あの事件以降休業宣言して姿を眩ませた人物が一人いる」

「そ、それは…!?」

「クリス・ヴィンヤード…アメリカのムービースターだ!」

「あのチチのでっかいきれいで賢い姉ちゃんか!?」


言い方。
男の子がすぎる。

それで博士に頼みたいのは、そのクリスの復帰を強く望むファン達が集まるサイトから、経歴や趣味や癖などの情報を集めてほしいと。で、その情報から私の周りで似た人がいないかを探して欲しいという事だった。
それはどうやら外国のサイトのようで、弟は今までインターネットカフェでそこを見ていたらしいが、子供がインターネットカフェに頻繁に出入りして外国のサイトを覗いてるのは怪しまれてしまうと、そのサイトのアドレスを書いたメモを博士に渡しながら言った。


「まあ、別に構わんが…」

『そう簡単に見つかると思わないけど』

「いてるんとちゃうか?お前の周りに怪しい外国人の女が…姉ちゃん呼んだんは情報共有やろ?」

「ば、バーロ!いるわけねぇだろ、そんな…」

「ほんまか?」

「おいおい、それってまさかジョディ先生のことなんじゃ…」


「ジョディ先生」と聞いた弟は小さく「ゲッ」と声を漏らした。最近、蘭ちゃん達のクラスに新しく来た英語教師がそのジョディ先生らしい。最近弟の身近な人に接近した外国人女性を全員怪しむのなら、新任の教師も候補には入るか。


「よっしゃ!試しに今からその先生んトコ行ってみよか!先生の住所分かるか?」

「蘭君に聞けば…」

『じゃあ、車出してあげましょうか』

「お!助かります!」

「姉ちゃん!」


私も着いていく事に不満そうな声を出す弟に、平次君はニコニコして弟と視線を合わせる。


「うまい事行ったらお前の体ちっさした、あほトキシンっちゅう薬も手に入るかもしれへんぞ」

「アポトキシンな!オメー、奴らをなめてんな?」

「行きたなかったらお留守番しててもええんやで?俺は姉ちゃんと行ってくるさかい」

『新ちゃんはお留守番する?』

「姉ちゃんが行くなら行くに決まってんだろ!?」


呆れたように声を出す弟。頭を撫でると照れて「行くぞ!」とズンズン先頭を切って扉を開けて外に出た。
体が小さくなっても弟はそのままで安心したわ。

博士は蘭ちゃんにジョディ先生の住所を聞きに電話をする為に、電波のいい場所に移動し平次君は弟について外に出ていった。


『哀ちゃん』


階段の方を向いて声をかけると、すぐに彼女は顔を出してくれた。


「気付いてたの」

『お姉さんが見えてるわ』

「…クリス・ヴィンヤードは危険よ。関わるべきじゃないわ」

『大丈夫よ、クリスとは友達だし。本当に危険なら、本人から寄ってくるわ』

「……」

『心配ありがとう。何か分かったらすぐに連絡するね』


そう言うと哀ちゃんは何も言わずに地下へ戻って行った。そんな彼女を明美さんは慌てて追いかけて行ったけど、すぐに戻ってきて私に向かって手を小さく振った。多分「行ってらっしゃい」の意味。

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