ここは誰わたしは何処

※ボツにした一話目の話を折角なので※
※元々こういう始まりの予定でした※



ふと意識が浮上する。閉じられていた目を開いて、数回ぱちぱちと瞬きをして体を起こす。
ふかふかの布団と枕。大きなベッド。小さい棚にランプ。椅子。床には高そうな絨毯。

……ココドコ?

記憶にない部屋に寝かされていたらしい。いや本当に、ここどこ?知らない誰かの家…だとは思うけど。
とりあえずベッドから降りて部屋を漁ろうかと思って、自分に掛けられている布団を剥がす。ちょっと待て私の手なんでこんなに小さいんだ?というかこれは私の手か?

私ってこんなに手、小さかったっけ…?

自分の両手らしいその小さな手を見つめて、ぐーぱーって開いて閉じてを繰り返す。私がやりたいように動くから私の手だろう。しかし私のこの手に違和感しかない。剥いだ布団から見える自分の足だろうそれも、小さい。もっと大きかった気がする…そんな気がするだけで実は気の所為なんだろうか。分からん。

自分の手をぐーぱーして見つめていると、部屋の扉が開いた。そこにいたのは、薄い茶色の髪で、眼鏡をかけた男の人。手にはマグカップと小さなお椀を乗せたトレイを持っていた。


「目が覚めましたか」


その人は、ベッドの横にある椅子に座ってトレイを膝の上に乗せた。


「家の前で倒れていたんですよ。覚えてますか?」


首を横に振れば「でしょうね」と小さく返ってきた。
膝に乗せたトレイの上にあったマグカップを渡される。とりあえず飲めと言うことらしい。手に取るとそれはホカホカと暖かく、中身を飲むと丁度いい暖かさの麦茶だった。


「高熱を出して家の前に倒れていて、二日寝ていたんです」


二日?
え、二日?時計何回回った?


「お家の人に連絡をしたかったんですけど、身分証…住所や連絡先が分かる物も持たれてませんでしたし、病院に連れていこうにも誘拐犯だと勘違いされるのも困りますし」


だから一旦自分の家に入れた、と男の人は素直に話してくれた。というか、言い直したということはやはり私は子供の姿なのか。手と足が小さいから何となくそうかとは思っていたがこれなんてファンタジー?

…というか、私は大人だったか?それさえも分からないんだけど。体が小さいことに違和感があるだけで大人だった自分なんて思いつかない。
でも正直なところ、これだけ思考回路が回るのは子供では無いのではないか。とも思う。そもそも大人であってもそんな小さくなるなんて不思議なことあるなんておかしいだろ。

私がもんもんと考えていると、男の人が白い物を手渡してきた。体温計だ。そういえば高熱で倒れてたとか言ってたな。測れってか。
脇に挟んで測るタイプの体温計だと教えられて、素直に受け取って脇に挟む。ピピって音が鳴って取ると、36.8と表示されていた。それを男の人に渡すと、表示された数字を見て頷いた。


「食欲はありますか?」


二日も寝ていたんだからお腹の中は空っぽだろう。そう思って小さく頷くと、トレイに乗せられていたお椀とスプーンを渡される。お粥を作ってくれていたらしい。
卵粥で一口食べると、あらまぁ美味しい。薄く味付けがされている。

最後に食べたご飯なんだっけ。
それすらも覚えてない。

あっという間に食べ終えて、お椀とスプーンを男の人に返す。ご馳走様でしたの意を込めてお辞儀をすると、男の人は小さく笑った。


「さて…では君のご両親に連絡しなくてはならないので、お名前と電話番号、教えてくれますか?」

『…………?』


名前、と言われてそれを言おうと口を開く。

声が出ない。


『………、……?……、……』

「…?どうしました?」

『……、……っ、…………!……?』

「……もしかして、声が出ないんですか?」


その言葉にこくこくと頷く。
高熱だったと言っていたし、それが原因かもしれない。数日経てば声は出るだろうが、名前と家の事を言わなければこの人にずっと迷惑が掛かる。
男の人は「文字はかけますか?」と聞いてきて、頷くと「少々待ってくれますか」と言って、トレイを持って部屋を出ていった。すぐに戻ってきて、手にはペンと紙が。筆談で話そうという事らしい。
ランプが置いてある小さな棚を机代わりにして、筆談で会話をする。


「まず、お名前を教えてください」

『……』


名前…名前……なまえ…?
私の名前、なんだっけ?色んな人に呼ばれてた気はするから名前自体はあるんだろうけど…なんだっけ?


「…教えられませんか?」


首を横に振って「なまえ わからない」と書く。その文字を読んで、男の人は今まで閉じていたのか小さいだけなのか分からなかった目を大きく開いた。


「では、お家の電話番号は分かりますか?」


それに対しても首を横に振る。

困るよね、そうだよね。
知らない人間が家の前で倒れててしかも高熱出してて、二日も目を覚まさないでやっと起きたら声出なくて名前さえ分からないなんて迷惑だし困るよね。

ごめんなさい、と紙に書いて見せる。


「いえ、おそらく記憶喪失でしょう…記憶を無くしたくて無くした訳じゃありませんから、謝る必要はありませんよ。思い出せる範囲で構わないので、ご自分のこと言えますか?」


そう言われて、頑張って記憶の箱を開けようとする。でも全部の箱が空っぽで自分でも分からない。うんうん唸っても何も出てこない。記憶は全て鍵付きの箱に仕舞われて、鍵はどこかに捨てられたのかもしれない。
正直、気持ちが悪い感覚だった。

ああ、でもそういえば体に違和感があるなと思って紙にそれを書く。


「ん、何か思い出しましたか?」

【体が小さいことに いわかんがある 大きかった気がする】

「…ホゥ……」


その文字を見た途端、男の人の、なんていうのか、空気が変わった気がした。今までいた男の人が、一瞬にして別人になった気がした。いや、見た目は同じなんだけど、中身が変わったみたいな。そんな感じで、背中がゾワッてした。


「ふむ、なるほど…」


口に手を当てて男の人は考えているようだ。小さく「どうしたものか」と言っているのが聞こえて、本当に申し訳なくなる。

暫くの沈黙が続いたが、それはピンポーンというインターホンの音で破られた。男の人は「少々待っていてください」と言って、紙を持ったまま部屋を出ていった。

本当に申し訳ない気持ちしかない。


| Back | *
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -