紅茶

翌日、秀一さんに「工藤宅に来てくれ」と呼ばれて向かう。インターホンを鳴らすと、出てきたのはコナン君でも昴さんでもなく、FBIのキャメル捜査官だった。


「ん?…ん?」

「キャメル、とりあえずお嬢をそこの車椅子に乗せて連れて来てくれないか」


奥から秀一さんの声が聞こえて、言われ通りにこの前有希子さん達がくれた室内用の車椅子に乗せてくれた。お礼を言うとぎこちなく「どういたしまして」と笑った。そりゃそうだよ。昨日零さんと大層なカーチェイスしたらしいもん。
車椅子を動かして廊下を進むと、コナン君がひょこって洗面所から顔を出して、キャメル捜査官と一緒にリビングに待つように言われた。リビングに行くとジョディ捜査官もいて、キャメル捜査官と同じくびっくりした顔で私を見た。


「…ねぇ、」

『ん?』


リビングで秀一さんを待っている間、ジョティ捜査官が私の隣に来て目線を合わせて話しかけられる。皆目線合わせて話してくれる優しい人なのに、どうして零さん達は組織の一括りで性格とか決めつけるんだろう。


「あなたは組織の人間じゃない…のよね…?」

『違うよ』

「バーボン…安室透の仲間…?」

『ううん』

「じゃあ一体…」

「協力者だよ」


ガチャって扉が開く音がして、コナン君と昴さん、有希子さんがリビングに入ってきた。有希子さんは私を見て「珠雨ちゃ〜ん!」って笑顔で手を振ってくれて、手を振り返すと更に嬉しそうなニコニコ笑顔になってくれた。


「シュ、シュウ…?」

「本当に赤井さんですか?」

「ああ。声は元のままだろ?」


見た目は昴さんで、声は秀一さんのまま。全くの別人に成り代わった秀一さんに、FBIの二人は開いた口が塞がらない。首につけたチョーカー型変声機を付けると声が変わり、完全な別人の「沖矢昴」に成る。

変声機を作ったのは、隣に住んでいる阿笠博士。変装術を教えてくれたのは有希子さん。その策を考えたのはコナン君らしい。すごいこと考えるねこの子は。来葉峠でキールお姉様が頭撃ち抜いた時の映像見せてもらったことあるけど、一歩間違えたら本当に秀一さん死んでたでしょ。


「でも、シュウとどういう関係なんですか?確か元女優さんでしたよね?」

「ああ、実は」

「ボクの遠い親戚なんだ!」


有希子さんの言葉を遮ってコナン君が話し出す。
元々はアパートに住んでいたのだけど、そこが偶然火事になって住む場所がなくなり、今は誰も住んでないからとコナン君がこの工藤宅に住むことを提案したらしい。有希子さん達には事後報告して。

私が初めて「沖矢昴」に会ったのは、その火事の少し前だったかな。


「それより有希子さん、大丈夫ですか。そろそろ帰りの飛行機の時間ですが」

「え?…わ!もうこんな時間!!じゃあね、新…コナン君!珠雨ちゃん秀君も、またね!」

『またね』


コナン君の頬にキスをして、有希子さんは急いで空港に向かう為にタクシーへと乗り込んだ。
玄関まで見送ってリビングに戻り、全員ソファに座って話すことに。


「それで、この子は?」

「お嬢は組織にいた頃から俺がFBIの人間だと知っていて、且つ俺が「沖矢昴」になった後もずっと黙っててくれたんだ」


「お前達には紹介しておこうと思ってな」と秀一さんは続けた。


「さっきコナン君が協力者って言ってたけど…」

「お嬢の父は警察官で、あのバーボンはその部下に当たる。二人は実の兄妹ではないんだよ」

「そ、そうなの!?」

『うん』

「じゃあ、この子は信用していいのね?」

「大丈夫だ。家族や友人、交際中の異性まで紹介されている。お嬢はそんな“弱点”をいくつも教えている状態で、裏切るような馬鹿じゃない」

「彼氏いるの?」

『うん。兄が知ってるかは知らないけど、組織に知られたら何かあった時に巻き込んじゃうから、居ること自体内緒ね』


そう言えば、コナン君もジョディ捜査官達も頷いてくれた。コナン君は同じ立場だから特にこういう事には理解してくれるんだろう。


「この子は分かりましたが…バーボンはまだ信用に値しないですよね?」

『しなくていいよ、あの人は』

「え?」

『時と場合で顔を使い分けてるから、バーボンの時は敵、その他は一般人だと思ってればいいよ。私怨で動くなって言っておいたし、昨日父にも説教されてたから…恨みつらみで動くことはもうないと思うけど』

「あの男なら一人で会いに来ると踏んでいたんだが、まさかボウヤの予想通り…本当の仲間を連れて乗り込んでくるとは…俺に対する奴の恨みは思った以上に根深い様だ…」

「その恨み…って、昨日バーボンとの電話で言ってた…」


ジョティ捜査官がそこまで声に出すと、インターホンが鳴った。コナン君が出るよと言って玄関に駆けていき、その後ろを昴さんとジョティ捜査官、キャメル捜査官もついて行った。まさか零さんや組織の人間ではないだろうけど、もしもの事があったら大変だからと。
少しして、玄関先から賑やかな声が聞こえてきた。廊下に繋がる扉が開いて入ってきたのは元太君と光彦君、歩美ちゃんの三人。


「あ、珠雨お姉さんもいる!こんにちは!」

『こんにちは。どうしたの?』

「博士が出した謎を、昴の兄ちゃんに解いてもらおうと思ってよ!」


先程まで隣の阿笠博士の家で遊んでたらしいが、出されたトリックがどうしても分からなくてヒントでもいいから助けて欲しいって来たらしい。その昴さんは、元太君にお願いされたようで先日作った残り物のカレーと、皆の分のジュースが入ったコップを持って戻ってきた。

謎というのは、阿笠博士が四枚の紙のコースターの内、三つに黒いボールペンでドクロマークを書き、裏返したその上に温かい紅茶が入ったステンレス製のマグカップを乗せ、ドクロマークが書いてあるカップにはお酢を、何も書いていないコースターに乗せたカップにはレモンを搾った。
そして、博士は「超能力を身につけたから匂いを嗅がずにお酢の入ってない紅茶を当てる」と言って後ろを向き、子供達にコースターごとカップの位置を入れ替えさせた後、カップをひとつ取り一気に飲み干した。そのコースターを確認するとドクロマークは描かれていなかったらしい。


「入れたのは本当にお酢だったんですね?」

「うん!残りの紅茶飲んだら…」

「すっっごく不味くて、吐きそうでしたから!」

『ボールペンって消せるやつ?それとも普通の?』

「消せるやつでした!」

「でも、マーク描いたあとは何もしてなかったよ?」


消せるボールペンなら、それは超能力ではなく博士がただ我慢しただけの話ね。
昴さんとコナン君も分かったようで、昴さんは「彼らに解いてもらおうか」とジョティ捜査官とキャメル捜査官に微笑んだ。本人達予想だにしなかった驚きしてるけど。

少しだけ考える時間が欲しいとの事で、二人と昴さんはキッチンにコーヒーを作りに行った。


「お姉さんは分かった?」

『うん。ボールペンが、謎を解く鍵だよ』

「ボールペン?」


消せるボールペンは、ラバーで擦った際の摩擦熱で消える仕組みになっている。つまり、ボールペンで書かれたところに熱を加えると消えるということ。だから、皆が確認してないだけで全てのコースターが真っ白になっている。
おそらく全ての紅茶にお酢が入っていて、それを我慢して美味しそうに飲んだだけ。


『分かった?』

「なぁんだ…」

『ん、元太君は食べ終わった?』

「おう!美味かったぜ!」

『じゃあ、お皿下げてくるね』


紅茶の謎を話している間にガツガツと食べていたカレーのお皿は、あっという間に空っぽに。お皿を持ってキッチンに行くと、コーヒーを飲みながら昴さんが二人に紅茶のトリックを解説しているところだった。


『秀一さん。元太君食べ終わったって』

「持ってきてくれたのか、すまんな」

『それで、FBIの二人はともかく、私を呼んだのは何?なにかお話があるんでしょ?』

「あぁ…」


昴さんは首に付けた変声機を切って、元の赤井秀一の声に戻した。今朝、キールお姉様からメールが届いたことを話すために私とFBIの二人を呼び出したらしい。


「だが、メールと言ってもアルファベット三文字だけ」

「アルファベット三文字?」

「何かの略語ですか」

「いや、お前らもよく知る酒の名…RUM、ラム。奴らのコードネームだ」

「ラム…!?」

「組織にいた頃、二、三度名前は耳にしたが…どうやらボスの側近らしい」


つまり、私を呼んだのはその「ラム」を知っているかの確認か。


『ラムのおじ様なら二回だけ会ったことあるよ』

「本当か」

『うん。でも二回とも変装してて素顔も地声も分からないの。二回とも言われるまで気付かなかったし』

「ふむ…お嬢でも分からないとなると、厄介だな」

『素顔が分かればなんとかなると思うけど』

「そうか…とにかくお前らは大物が動くとジェイムズに伝えてくれ。ジン以上の大物がな」

「えぇ…」

「日本警察の方にもそう伝えておいてくれ。知っておいて損はないだろう」

『分かった』


そう言うと秀一さんは頷いてコーヒーを飲み干すと、子供達が待ってるリビングに戻ってしまった。

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