答案用紙

被害者、澁谷夏子さんの友人であるジョディ捜査官が昨夜電話した時に「これから生徒の親に会う」と言うのを聞いたらしく、会う約束をしていた保護者二人と、夜遅くまで残っていた男性教師の一人が容疑者として事情聴取されることに。

最初に話を聞いたのは男性教師。菅本先生。体育主任で、8時半過ぎまで体育用具の整理をしていたらしく、女性の独り歩きは危ないからと、一緒に帰ろうと誘いに来たら既に彼女は居らず、そのまま警備の人に戸締りを頼んで帰宅したという。
しかし、彼は以前被害者の女性に告白して振られた経緯があるらしい。兄がストーカー被害の依頼を受けて、心当たりのある人物がいないかここに訪ねた時に別の先生方からそう聞いたと。


「じゃあ、夏子のストーカーってあなただったわけ!?」

「ぎゃ、逆です、逆!!自分は彼女をよからぬ輩から守っていて…」

『守ってた?』

「彼女が無事家に辿り着けるまで、ほとんど毎日護衛してたというか…まぁ、護衛って言っても彼女に気付かれないように後をつけてじっと見守ってるだけなんですけど…たまに彼女がこっちの気配に気付いてキョロキョロする姿がなんとも愛らしくて…「守ってあげなきゃ!」って実感するというか…」

「『それをストーカーって言うのよ!!』」

『きっもちわるい…』


ジョディ捜査官と一緒に指摘すると、自覚したのかシュンと肩を落として「すみません」と呟いた。

ストーカーを本人に指摘されてカッとなってやったのかもと思ったが、彼の「彼女のカバンにテストの答案用紙が入っていた」という話を聞いて、彼ではないと頭を切替える。入っていたというテストの答案用紙は全て回答済みで採点もされていたらしい。個人情報の流出の恐れがあるから、普通は回答済みの答案用紙は持ち帰ってはいけないのが教師の決まり。自己責任で持ち帰る先生もいるらしいけど、採点済みなら持ち帰る必要すらない。その「教師の決まり」を知っている彼は、彼女のカバンに答案用紙は入れたりしないだろう。

誰かに罪をなすり付ける為にしたのなら話は別だけど。


「答案用紙?あぁ、昨夜彼女にここでお会いした時、忙しそうに採点されてましたわ」


二人目は保護者の植野さん。息子さんが「将来澁谷先生と結婚する」と言っているらしく、息子を誘惑しないでくれと忠告しに来たとかで。夏子さんが一年生の担任を任されているから、一年生で担任の先生に恋なんて可愛いものじゃないと思ったら、植野さんの息子さんは小学五年生。英語が堪能だから高学年の英語の授業も任されていたとかで、それで恋をしたという。


『…先生に恋、ねぇ…』

「何か言いたそうだね」

『別に』


ぷいってそっぽを向けば小さくため息を吐く兄。

植野さんは旦那さんと別れたらしく、理由はキャバクラで知り合った女に入れあげて貢いでいたから。そんな風になって欲しくないからと、澁谷先生に言いに来たのだと。
いるよね、キャバクラやホステスの従業員に本気になる人。仕事でやってるんだから本気になるなっていうの。両方が本気にならいいけど。というか家庭持ってるのに他の人間に気を移すなよ。

感極まって涙が出てきた植野さんは、キャメル捜査官からハンカチを借りて目元を拭いていた。ここへ来る為に乗ったタクシーにハンカチを忘れてしまったらしい。


『あまり厳しくしすぎると、逆に堕落するから適度にするのが一番だよ』

「分かっておりますわ…でも、どうしても主人の二の舞にはならないようにと思うと…」

『多分、先生に恋してるのは、今のお母さんが厳しすぎるから、理想のお母さん、もしくは昔のお母さんに似てる澁谷先生がいいって気持ちなんじゃないかな。男の子ってお母さんに似てる人好きになるっていうし』

「まぁ…そうなんですの?」

『全員がそうじゃないけど』


そう伝えると、なにか思い当たる節があるのか植野さんは黙って何かを考えだした。厳しくしすぎている自覚はあるらしいから、暫くの家庭環境は大丈夫だろう。

最後は保護者の一人、神立さん。娘さんの字が汚いからと理不尽な理由で不正解にした事に腹を立て、それを言いに来たと。本来は直接澁谷先生の家に行って怒鳴り込むつもりだったのが、兄がストーカー被害の調査をしていて張り込んでいた時で止められてしまったから、学校に来たらしい。

で、今朝仕事に出勤しようとした自宅のガレージが壊され、車が盗まれていて、イライラが募っているようで。職員室でタバコまで吸おうとしてる辺り、イライラが募っているのは本当だろう。


『口寂しいなら飴いる?のど飴だけど…』

「あぁ。すまないね、一つ貰うよ」

「確かあなた…昨夜九時前くらいにはここに来たと言っていましたよね」

「ああ。さっきも言ったが、来たら校舎は真っ暗で門も閉まってたよ」

「じゃあ九時頃に澁谷先生と会う約束をしていたと?」


神立さんは目暮警部のその問いかけに頷いた。
高木刑事は澁谷先生の携帯に未送信のメールがあって、それが神立さん宛だったのではないかと聞いたが、本人は「知らない」と。宛先が無かったのなら、別の人かもしれないと神立さんが答えると、高木刑事と目暮警部は「たしかに」と納得した。


「それが俺宛のメールだったとしても、足し算引き算で頭の中数字が飛びかって間違えたんだろうよ!テストの採点してたみたいだしな」

「警部!例の答案用紙の写真を持ってきました!」


高木刑事が鑑識さんから受け取った写真を、目暮警部に渡す。答案用紙自体は今、指紋採取だったりで鑑識さんが調べているから写真だけだと。


「珠雨ちゃんも見るかい?」

『私?いいの?』

「君は頭の回転が早いだろう?だから何かに気付くんじゃないかなって」

『FBIの人達もいるし、お兄ちゃんもいるから私の出番ないよ?』

「珠雨、折角だから見せてもらおう。君は推理も的確だからね」


めんどくさくて推理に入ろうとしない私を、無理矢理にでも入れようとする兄に思わず舌打ちしそうになる。我慢したの偉い。抱えられて、皆が写真を見るために集まっている目暮警部の元に連れていかれて、渋々その写真を見せてもらった。


「何か分かった事あるかな?」

『…んー…ねぇ、菅本先生』

「ん?なんだい?」

『澁谷先生って、どれくらいの期間アメリカ留学してたか分かる?』

「いや…正確な期間は分からないけど、向こうにいた頃の癖が抜けないってたまに言ってたから、結構長いんじゃないかなぁ…」

『ふぅん…』

「でも、どうして僕に聞くんだい?」

『この中の誰よりも澁谷先生に詳しそうだなって思って』

「そ、そう…」


ストーカーなら誰よりも詳しいだろうという個人的な偏見だけど。

菅本先生の言葉に、兄も気づいたのか小さく「なるほど」と頷いていた。


「やっぱり珠雨は頭の回転が早いね」


満面の笑みで頭を撫でてくる兄に、そろそろ嫌気がさしてくる。「安室透」とかいう性格、「降谷零」を知ってると鳥肌が凄いんだって。


『いい加減うざいからやめて』

「…二人とも、実は仲悪いの?」

「そんな事ないよ?僕は珠雨の事大好きだし」

『私はお兄ちゃんの事すっごい嫌い』

「……」


コナン君にそう言うと、やっと兄は私のことを下ろしてくれた。抱えられて気付いたけど、兄の袖口に盗聴器が付けられていて、ベルモットお姉さんかジンお兄さんが聞いてるんだと思う。きっと盗聴器の向こうで笑われてるわコレ。


「でも夏子が言ってたことって本当だったのね」

「え?」

「右上に描いてあるイラストよ!アメリカじゃ100点満点の時は「Excellent」って書かれるけど、日本じゃ花丸だって彼女言ってたから」

「それだけか?」


ジョディ捜査官の言葉を兄が遮った。


「それだけなのか?FBI」

「それだけって?」

「その写真から読み取れることは、それだけかと聞いてるんですよ」


そう聞かれてジョディ捜査官はもう一度写真を見る。後ろから覗き込むようにキャメル捜査官も写真を見るが、特に不自然なところは無いと。


「やはり、読み取れたのは僕達だけだったようだよ」

「僕達?妹さんのこと?」

「ええ、彼女もそうですが…江戸川コナン君、君も読み取れたんだろう?」

「え?なんの事?」

「君、写真を見た後犯人のことをガン見していたじゃないか」


コナン君も気付いているようで、犯人の方を見ていた。兄に言われて振り返ったものの、さっきまでの首の方向から気付いたのは確実なんだろう。


「しかし、ようやく謎が解けましたよ。FBIのご友人がいるというのに、何故彼女は探偵の僕にストーカー被害の依頼をして来たのか…」

「なに?私が頼りないって言いたいの!?」

「た、頼みづらかったんじゃないですか?我々は観光として来日してるわけですし…!」

「観光、ですか…」


「観光」という言葉に反応した兄は、「満喫したならとっとと出ていってくれ」と二人に言い放った。「僕の日本から」とも付け足して。その言葉に何か思ったのか、コナン君が兄を窓際に連れて行って小声で会話を始めた。

いい加減にしないとハサミで切り落として女にするぞ。


『…ごめんなさい、兄が』

「い、いいんですよ!我々にそう言うのには、何か理由があると思いますから…」

『偏見が強いっていうか、思い込みが強いから…』


ため息を吐いてそう言うと、キャメル捜査官とジョディ捜査官は何回も「大丈夫だ」と言ってくれた。


「気にしないで!それより、話を戻しましょ!写真を見てあなたも何か気付いたんでしょ?教えてくれる?」

『一番上の「みゆき」って子の回答用紙。「5-3」の答えが「2」で正解になってるでしょ?』

「うむ。しかし、これは何もおかしなところはないと思うが?」

『その下の「みのり」って子の回答は?』

「あ!答えが「3」なのに丸が付けられてる!」

「その下の「4+5」も答えは同じ「9」なのに、上のは正解で下のは不正解だ…!でも、なんで…?」


日本では正解には丸、不正解にはペケが普通だが、アメリカではその逆で正解にはペケを付けるから。アメリカ帰りで、未だに癖が抜けないのならそうしていた事にも納得する。

コナン君との会話が終わり、戻ってきた兄がそれを目暮警部達に説明し、「ですよね?」とジョディ捜査官に問いただした。しかし、兄と入れ替わりでコナン君に呼ばれた彼女は反動的に「え?」と返す。


「ちゃんと聞いててくださいよ。あなたの友人をあんな目に遭わせた犯人を解き明かそうとしてるんですから…日本では正解には丸、不正解にはペケを付けますが、アメリカではその逆…正解にはペケ…で、合ってますよね、ジョディ捜査官?」

「えぇ。でもそれはペケじゃなくチェックマーク。日本でもマークシートの正解に付けるでしょ?あれと一緒」

「でもなんで不正解に丸を?」

「その丸は、答えが間違っているから見直しなさいって意味。先生によって付けない人もいるけど…って、まさか!下に隠れてるのがアメリカ帰りの夏子が採点した答案用紙で、上に見えるのは日本人の犯人が採点した答案用紙って事!?」

『それに、その犯人が採点したらしい答案用紙の丸。よく見たら、解答欄からはみ出してたり、ぐにゃぐにゃしてるでしょ?』

「あぁ、確かに…」

「考えられるのは、犯人がかなり不器用だったか。もしくは、赤いペンで赤い何かを隠そうとしたか」

「け、血痕…!」


植野さんが来た時、採点しながら話を聞いていたと言っていたから、犯人に殴られた時も採点をしている途中だったはず。まだ採点されていない答案用紙が机の上にあり、彼女の血痕が答案用紙に飛び散った。それを誤魔化す為に犯人は赤いペンで血をなぞるようにして丸やペケを書いた。
そしてその答案用紙を含めた机のものを、彼女のカバンに入れて公園の階段から突き落とし、帰宅途中で階段から落ちたように見せたということ。


「それで、犯人は誰か分かってるのかね?」

「ええ、勿論。だよね、コナン君?」

「え?あ…うん!花丸を見てよ!澁谷先生と犯人が描いた花丸、渦の巻き方が違うでしょ?」

「ほ、本当だ!!犯人のは時計と逆回りになってる…!普通、外側から時計回り…ですよね?」


人差し指でくるくるって渦巻いてみせる高木刑事に、釣られてか目暮警部もくるくるって人差し指で渦を巻く。可愛いかなこの二人。

事情聴取の際、緊張と焦りで汗をかいてハンカチでそれを拭いてた菅本先生は右利き。
キャメル捜査官から借りたハンカチを右手で受け取っていた植野さんも右利き。
タバコに火をつけるためにライターを左手で付けようとした神立さんは左利き。

反時計回りなら、神立さんが犯人じゃない?とコナン君は言った。


『まあ、右利きの人でも反時計回りに描く人はいるから、それだけじゃ犯人とは言えないけど…神立さん、昨夜は澁谷先生には会ってないんだよね?』

「あ、あぁ…」

『言ってたでしょ?「足し算引き算で頭の中数字が飛び交って時間を間違えた」って。小学校教師って英語以外の教科を全て担当するのよ。どうして会ってないあなたが、澁谷先生が採点してたのが算数のテストだと知ってるの?』

「そ、それは…」

『植野さんもテストの採点してたとは言ったけど、どの教科までは言ってない。だから会ってないあなたがテストの教科を知れるはずがないの』


そう言うと、神立さんは小さく「笑ってたから」と答えた。澁谷先生を襲ったのは彼で間違いないらしい。


「俺が「テストの採点が間違ってる」って言ったら「これってアメリカ帰りの癖で」って、笑いやがったんだ…」

「だから鈍器で彼女を…?」

「知らなかったんだよ!日本とアメリカで採点の仕方が違うなんて…!」


笑っただけで澁谷先生を殴ったと。くだらないにも程がある。
確かに日本式にしなかった澁谷先生にも非はある。教師になる前にそれは直しておくべきだし、保護者会だったりプリントだったりで説明をしておくべき。

ただ「笑ったから」が理由で人を殴っていい訳じゃないし、一歩間違えたら澁谷先生は死んでいたんだぞ。分かってるのかこの人は。目暮警部も呆れてものが言えないような顔で、神立さんを見ていた。

高木刑事が神立さんを連れて、署に向かうためにパトカーへと連れていくために職員室から出ると交代で、別の職員の人が走って来た。病院から連絡があって澁谷先生の容態が悪化したと伝えに。
それを聞いたジョディ捜査官はキャメル捜査官とコナン君を連れて学校から出て、車でその病院へと向かっていった。兄も依頼された探偵であるから、私を抱えて車に乗りこみ、澁谷先生が運ばれた病院へと向かう。


「すぐ戻ってくるから。何かあったら連絡するように」


そう言って兄は車から降りる。連れていかないということは病院内に入る気は無いんだろう。キャメル捜査官と話しているから、何かの情報を聞き出そうとしてるんだと思うけど。この前秀一さんに教えてもらった「楠田陸道」って人の情報かな。

要はあの人、「赤井秀一」が生きていることを組織にリークするつもりか。それはダメだ。私も困る。

兄にも、組織の人達にも教えていない携帯から、コナン君に「兄が昴さんの所へ行くかもしれない」とメールを送った。これでなんとかなると思う。というか、なんとかしてくれ。

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