4つで1つ
事情聴取から帰ってきた高木刑事達は、困ったような顔をしていた。三人とも動機がありそうで、怪しいような怪しくないような、微妙な感じなんだとか。
彼らが悩んでいるのを見て、和葉ちゃんが「工藤君に電話してみたらええんちゃう?」と提案した。
「ほら!この前も電話しただけでちゃちゃーっと解決してしもうたやん!」
「アホか。あいつより…えっと…珠雨、ちゃんの方が早く解決するわ」
『え?』
「そ、そうなん?」
「さっきの部屋で珠雨…ちゃんの推理力見たやろ?工藤や俺より早よォ解決してくれるんや!」
なんか付け足したような「ちゃん」だったな。
昔会った時「ねーちゃん」って呼んで後ろついてきてたし、さっきもそう言ってた。でもその「ねーちゃん」が急に同級生になったから呼び方迷ってるんだろうな。
「でも珠雨ちゃん…事情聴取行ってないよね?」
「身体弱いのに、何度も階段上り下りさせたり、頭使わせるのもあかんやろ?せやから、今回は休んでもろてんねや!」
「ふーん…?」
「まぁ、あの探偵ボウズに電話するのも一つの手かもな。お前ら二人で一人前だし」
「ちょー待て!誰か二人で…」
そこまで言いかけると、平次君はなにかに気がついたような顔でコナン君を見た。コナン君も同じようになにかに気がついた顔で平次君を見ている。今の小五郎さんの言葉で閃いたらしい。
すぐに平次君は高木刑事を連れてマンションから出て、コナン君は逆に階段を上って行った。入れ替わりに遅れてきた目暮警部がやって来て、大滝さんにあらかたの事情を聞き、鑑識さんからの報告で事情聴取をした容疑者三人から発射残渣は出なかったと伝え、捜査に加わった。
「なぁ、珠雨ちゃんって探偵なん?」
『違うよ?どうして?』
ふと思いついたのか和葉ちゃんにそう聞かれた。さっき平次君や新一君より事件解決早いと言われて、二人と同じ高校生探偵なのかと気になったらしい。
父と同じ警察官で、小さい頃忙しい両親の代わりに面倒を見てくれていた伯父に何度か現場について行っていたし…あと入院中ミステリー小説とか読んで、そういう知識が増えただけ。
『あとは、兄から聞いたりとかしてるかな』
「お兄さん?」
「珠雨ちゃんのお兄さんは探偵で、お父さんに弟子入り…したんだけど、どう見てもお父さんより推理力高いんだよねぇ…」
「へぇ〜。こないな美人さんのお兄さんやから、めっちゃイケメンさんなんやろなぁ」
「すっごいイケメンだよ!事務所の下のポアロでアルバイトしてるんだけど、安室さん目当てで来店する人もいるんだから!」
「ほんま!?そんなにイケメンさんなん!?」
初耳なんだけど。
女性誑かしてるの?あの人。
『今度時間ある時、和葉ちゃんに紹介するね』
「約束やで!そういえば、珠雨ちゃんそんなに美人さんやけど、どこか外国の血ィ入ってたりするん?」
『母がドイツ人だよ』
「ハーフなんだ!?」
「せやったら、ドイツ語も話せるん?」
『うん。ドイツ語と英語と日本語…あと、中国語は読み書きが出来るくらい』
「す、すごいね…?」
『入院中暇だから』
母が日本語を少ししか話せなくて、父との会話が英語とドイツ語。私との会話は頑張って日本語使ってくれていたけど、両親の会話を聞いているうちに、私もドイツ語と英語は読み書きもできるし、話せるようになった。
中国語は単純に高明さんの影響。
「そういえばさっき平次が身体弱い言うてたけど…入院するってことは、なにか大きな病気なん?」
『ううん。体が弱くて定期検査しなきゃいけないの。その検査で、異常があったら数日入院するんだよ』
「大変なんやね…病院おる時そんな勉強ばっかりで窮屈とちゃう?」
『前は本読んだりするだけだったけど、今はお友達出来てお話するのも増えたから』
「珠雨ちゃん、前まで入院期間が長くてちゃんと学校に行けてなかったからお見舞いに来る人は大人だけだったんだって」
「えー!つまらへんやん!!せやったら、アタシと連絡先交換しよ!!入院中やなくても、メールも電話もしたる!!」
バッ!てすぐに携帯を取り出した和葉ちゃんと連絡先を交換する。だんだん増えていくなぁ、アドレス帳。不思議な感じ。
「いつでも連絡してや!」
『ありがとう』
「珠雨ちゃんと、恋のお話とかもしてみたいし!」
「それが目当てじゃ…」
「やってこんな美人さんの好きな人、めっさ気になるやん?」
「た、確かに…」
「どんな人なん?」
『えっと、かっこよくてイケメンさんで頼りになって…』
ここまで言って恥ずかしくなってきた。
『……そんな人だよ』
「イケメンさんかぁ!会ってみたいなぁ…!」
「私が知ってる人かな」
『んー…会ったことはあるんじゃない?』
「え、誰だろ」
『内緒』
高明さんの小学校時代の同級生が亡くなって、その怨恨で殺人事件が起きた時に小五郎さん達が手伝ってくれたらしいから、多分その時に会ってると思うな。
そんな恋愛話や私の話をしていると、いつの間にか容疑者の三人と思われる人達がそこにいた。眼鏡をかけた若い男の人と、会社員らしい男の人と、眼鏡をかけた女の人。コナン君が、高木刑事と平次君に言われて呼んできたんだって。
「あ!高木刑事だ!」
コナン君がエレベーターを指さすと、上の階に上がっていく高木刑事が窓から見えた。人差し指と親指を拳銃のよう見立てて、自分の頭を撃つような真似をして、高木刑事は上の階に上がって行った。
「高木!早く降りて説明しろ!!」
「あ、は、はい…!」
『あれ、高木刑事?』
「なんだね、今のは…?」
目暮警部に聞かれた高木刑事は、平次君に皆の反応を見ているように頼まれて、エレベーターが来る少し前から階段付近に隠れていたらしい。
「んなアホな!今エレベーターで上に行ったやん!」
「あ、だからそれは…」
「あー!またエレベーターに高木刑事!」
またコナン君がエレベーターを指さすと、上の階から下りてきたエレベーターの中に、タブレット端末を顔の前に持っていた平次君が出てきた。
タブレット端末に録画した高木刑事の映像を流したままエレベーターの窓枠に押し当てて、体は映像に合わせて動かしたって。「サヨナラ」の字で区切られていてタブレット端末だと分からないし、実際顔以外は平次君だったけど高木刑事が乗っているように見えた。
「つまり、これがトリックの真相っちゅうわけや!」
犯人は4つのタブレット端末に被害者の映像を取り込み、大きな板にくっ付けて窓枠に押し当ててエレベーターで上ってきた。流石に「拳銃で撃たれる振りする映像を撮りたい」なんて言えないから、顔だけは被害者のもので、それ以外は犯人が同じ服着て撮った映像。それを私達は本人が拳銃で頭撃ち抜いて自殺したと錯覚した。
「これが出来るのは、4つもタブレット端末を持っている事を隠していたマンガ家の井筒尚子さん…あんたやろ、犯人は!」
平次君は容疑者の中で唯一の女の人を犯人だと言った。事情聴取しに行った時に家の中に入ったらしく、机の上にトレス台があって、その横に小さな機械もあった。それはモバイルルーター。だけど、部屋の中にはタブレット端末もパソコンも無かった。
それに、本棚に本も少ししかなく、マンガ家なら資料集などがあるはずなのにそれすら無かったんだとか。
『そんなに本無かったの?』
「うん。マンガ本が少しあるくらい」
「それに、井筒さんは探偵マンガの作者や。ファンタジーと違ってある程度のリアルを要求されるんやで。資料なしで拳銃とか、そないなもん描けへんやろ」
「確か、井筒さんはアシスタントが三人いてはる言うてました…」
「しかし、布浦さんが撃たれた映像はどうやって…」
「そんなの簡単だよ!」
コナン君が携帯を手に取って、カメラアプリを起動させて小五郎さんに向ける。すぐに携帯を斜め下に素早く動かすことによって、撃たれたように見える映像が撮れていた。エレベーターの中で撮れば、背景は変わらないから分からないし、拳銃の弾なんて見えない。エレベーターはすぐに上に行くから一瞬しか見えない映像なんて、その程度でいい。
『じゃあ、その映像をさっき居た女の人に見せて完成するトリックって事?』
「そういう事や!毎週あの時間にエステ行ってる事は分かってたやろうしな」
井筒さんは二階と三階以外のエレベーターの扉に「点検中」の張り紙を貼ったあと、被害者を呼び出した。その時に映像と同じ服を着るようにお願いし、先にエレベーターで待ってると言って、エレベーターの防犯カメラをスプレーで潰してから扉に「サヨナラ」の字を書いた。
あとはその「サヨナラ」の字に驚いている被害者の頭を撃ち抜いて、エレベーターの扉を開けたまま二階でエステに通っている女の人を待つだけ。
「自分の部屋の階のボタン押して、時間になったら扉閉めてタブレットをくっつけた板を扉にくっつけて、三階を通過する頃に頭を撃ち抜くシーンが来るように映像を流したんや」
『で、その後自分の部屋の階に行って板回収して降りるだけってことね…』
「そういう事や。ただ井筒さんはいくつかヘタ打っとるで。警察に発射残渣調べる言われてあんた左手出したやろ?タオルもライターも本も、全部右手で持ってどう見ても右利きや。せやのに左手を出したんは、左利きの布浦さんに合わせて左手で撃ったからや」
左利きの布浦さんが、自殺したのなら左手で拳銃を持つことになる。それを装う時に右手で撃ってしまったら、拳銃に付いてる発射残渣が不自然になる。だから犯人は左手で拳銃を撃った。
発射残渣を調べると言われて左手を出してしまったのは、無意識なんだろう。
「それに、腕時計。自分が作った映像と布浦さんが違う時計を付けとったから、前に布浦さんからもろた時計に付け替えたんやろ?時間合わせてちょっと振って動かして…いつも付けとる二人は知ってたやろうけど、自動巻きの時計はちょっと振っただけじゃすぐに止まってまう。それを知らんかったんも、あんたが犯人やっちゅう証拠や」
「私のじゃないわよ。私が貰ったのは女性用でもっと細身のもの…あれ、観月先生のよ。先月、このマンションで首吊り自殺したおじいさん…」
お姉さんはポツポツと話し出した。
先月自殺して、さっき私達が部屋に入った部屋の住人は彼女の高校時代の担任。首吊り自殺したって聞いたあと、高校のアルバムを貸したままだったのを思い出して管理人に頼んで部屋の中に入ったらしい。そこで誰かに殺されたように見せかけて自殺したことに気付き、誰にもそれを突き止められずに、自殺として処理された。
自分の描いているマンガでは、探偵があれこれ推理してくれるのに、オチが付かないし、先生の思いも遂げられないから。それで犯行を決意したんだと。
『お姉さん、違うよ』
「え?」
『そのおじいさん、別の事件の重要参考人として刑事さん達が自殺する三日前から張り込んでて、ドアも窓も見張られてたの。室内だけ見たら確かに殺人事件だけど、外から見張られていて、人の出入りが無かったから自殺って処理されたんだよ』
「……」
『それに、おじいさんが自殺した時、警察は殺人も視野に入れていたから布浦さんの事も知ってたよ。帰る時エレベーターの前で、大滝さんが布浦さんの事話してたって事は知ってたよね?』
「張り込みの交代の時に殺された可能性もあったから一応…それで捜査の結果、殺されたように見せかけた自殺やということになって…」
「……そう、なの…じゃあ、私…余計なことしちゃったのね…」
お姉さんは悲しそうな顔で、高木刑事に手錠を付けられて連れていかれた。
「……それ、教えん方が良かったんとちゃうか?」
『真相を教えるのが探偵でしょ』
「せやけど、ねーちゃん探偵とちゃうやろ」
『じゃあ黙ってたら言ってたの?』
「…いや、言わへんけど…」
『それより早く高木刑事にスーツ返しておいでよ』
「せや、忘れとった!」
ハッとした顔で平次君は下に降りていった高木刑事を追いかけて行った。
復讐殺人って何にもならないのよね。殺された方は人生終わるし、殺した方は逮捕されるし。メリットなんて殺した方が一時的にスッキリするだけ。あとはなんにも無いのよね。
というか、復讐する前に別の人の視点を知りなさいって話なのよ。自分の考えだけじゃなく、他人の話も聞きなさいっての。
← | →