長野旅行

ベルツリー急行の時の約束通り、有希子さんと昴さんと一緒に長野に来た。有希子さんは別荘を大層気に入ってくれたらしく、「うちもこんなこじんまりした可愛い別荘買おうかしら〜!」とうきうきで別荘内を歩き回っていた。

客室に案内して、各々荷物を置いてまず最初に義足を作りにいつものお店に向かう。毎回デザインは私が考えたものをそのまま義足にして貰ってるから、今回も考えたデザインを絵にして、サイズを測って、としていたらすぐに時間が過ぎる。二人にはそれを事前に話していたから、観光は二日目にしてもらう事にしていた。


「そういえば珠雨ちゃんは、好きな人とかいないの?」

『え?』

「そういうお年頃でしょ?」

『いる…けど……』

「あら!どんな人?」

『んー……私の憧れの人』

「じゃあとってもいい人なのね!」

『うん』


夕食を三人で作っていた時、有希子さんがふと、そう聞いてきた。


「どういった経緯で知り合ったの?」

『…父の大学の後輩で、幼い頃面倒を見てくれたの』

「ホォー……父親の」

「秀君は珠雨ちゃんのお父様知ってる?」

「いいえ」


秀一さんは首を横に振った。有希子さんが「お父様はどんな人?」と聞いた時、インターホンが鳴った。


『?』

「誰かしら…宅配便とか頼んでる?」

『ううん…』

「俺出ますね」


有希子さんは出られないし、私も今手が離せないから、秀一さんが首の変声機のスイッチを押して玄関へと向かった。
私もすぐに軽く手を洗って、タオルで手を拭いてから玄関へと向かう。


『昴さん、誰だった?』

「珠雨」

『あれ、高明さん?』

「お知り合い、ですか?」


昴さんの体に隠れて見えなかったけど、横にズレてもらって誰かを確認すると、長野県警で刑事をしている諸伏高明さんがそこにいた。


「ええ。この近くを通ったら、窓越しのシルエットが多かったので…不法侵入者がいるのかと…」

『…わざわざインターホンを押して確認を?』

「はい」

『んふふ』

「……ところで、こちらの方は…?」

「珠雨ちゃーん?大丈夫?」

『あっ、』

「おや」


有希子さんは引退したとはいえ大女優だからと、気を使って私と昴さんが出たのにどうして来てしまうのか。高明さんは有希子さんを見て、ぺこりと頭を下げた。


「あら〜〜!イケメンさんじゃない!どちら様?」

『あ、えっと…』

「初めまして。長野県警本部にて警部を勤めております。姓は諸伏、名を高明と申します」

「珠雨さんの友人の、沖矢昴と申します」

「諸伏、高明さん?初めまして、工藤有希子です!珠雨ちゃん、こんなイケメンさんとお知り合いなんて羨ましいわ〜!」


優作さんというイケメンの旦那さんと、イケメンの新一くんを息子に持つあなたの方が羨ましいんですが。あなたの周り顔面偏差値高いでしょうに。

常に笑顔で、年頃の乙女のように可愛い有希子さん見ると、自分って相当可愛くないんだなと自覚する。よく言われるけど表情動かないし。この年でも結構悲惨な人生だろうし。そもそもの考え方から可愛くないな、私。


『それより、ここ数日は張り込みで休憩も取れないって言ってませんでした?』

「あぁ。ちょうど交代した所で、今から本部に戻って仮眠を」

『そう、なんですか…』

「これから夕食なんですけど、よかったら食べていきます?」

「いえ、遠慮しておきます。ご友人達との楽しい空間に、私がいたら気を使わせてしまいますから」

「あら、気にしなくていいのに…」

『あの、お仕事大変ならホントにここ使っていいですからね?』

「大丈夫ですよ。今日は珠雨の顔も見れましたし、それを付けてくれてるのも分かりましたしね」

『え?……あっ』


高明さんは笑顔で、首元に付けてるネックレスを指さした。誕生日に貰ったこれは、実はお出かけするときは毎回付けてるんだけど恥ずかしくて服で隠してる。今日はハイネックだから見える位置に付けてるのを見て、高明さんは笑顔なんだろう。


「では、私はそろそろ。すみません、勘違いだとはいえお邪魔してしまって」


腕に付けてる時計を確認した高明さんは、そう言うと頭を下げた。それを見た有希子さんが「気にしないでください」と、明るい声で笑って言う。

本当に、この人は全部が可愛い。


「東京に来た際は是非、珠雨ちゃんと一緒に家に来てくださいね!」

「喜んでお邪魔致します。では、珠雨、また今度」

『はい。あの、お仕事頑張って下さいね』

「えぇ、頑張ります。それでは」


高明さんは、有希子さんと昴さんにお時期をして、私の頭を撫でて出ていった。リビングに戻ろうと後ろを向くと、ニコニコ笑顔の有希子さんと、顔には出てないけど明らかに楽しそうな秀一さん。oh…どうするんだろう、この空気。どうしてくれるんだこの空気。高明さんヘルプ。


「……Boy friend?」


なぜなにどうして。

リビングに戻って、廊下に繋がる扉を閉めた秀一さんの第一声がそれだった。隣にはニコニコと楽しそうな有希子さん。まあ、この二人には話しても大丈夫か。


『うん』

「会話的に片想いかなとは思ったけど、まさか付き合ってる人とはね〜」

『7年くらい付き合ってるよ』

「7年か、なかなか……待て、7年?」


秀一さんがスープを作っているお鍋をかき混ぜながら、私を二度見する。
そういえば実年齢話してないや。17歳で7年前から付き合ってたら流石に高明さん逮捕案件になる。10歳と28歳は逮捕案件。


『私実年齢17歳じゃないよ』

「違うの!?」

『23歳だよ』

「え゙!?じゅ、17歳でもまだ若く見えるのに23…?」


有希子さんが私の顔をペタペタと触って来る。若く見えるのは母親似の童顔だから。正直少しコンプレックスでもあるし、この顔あまり好きじゃない。この顔のせいで今こうして兄と一緒に組織に近付いてる訳だから。


「君の兄は、あの彼氏の事知っているのか?」

『さぁ?スコッチお兄様に聞いてたら知ってるんじゃない?』

「アイツは知ってたのか…」


高明さんはスコッチお兄様…景兄の実兄。景兄が友達になったと電話で伝えたら、自分の彼女だと説明されたって聞いた事がある。だから景兄は高明さんと私が付き合ってることを知っていた。


「23歳で7年だから……16歳の時に付き合い始めたってことよね…?」

『うん』

「どっちが告白したの?」


キャッキャと楽しそうに、お花の幻覚さえも見えるくらいニコニコ笑顔で聞いてくる有希子さんと、顔には出ていないが少し気になるらしい秀一さん。


『私…というより、聞かれたらから答えた、かなぁ…』

「聞かれた?」

『そう。「自意識過剰かもしれませんが、もしかして僕に好意を寄せてますか?」って』


それに頷いて、「憧れの方が強い」って答えたっけな。
高明さんと出会った時は既に両足がなくて、車椅子生活で、色んな人から可哀想とか、邪魔とか、迷惑とか、そんな目で見られてきた。でも高明さんは違くて、他の人と同じ目で見てくれた。ただ顔に出てないだけかもしれないけれど、それがすごく嬉しかった。
私が車椅子になった理由とか聞けば皆が「可哀想」って目で見てくる。きっと、私と同じ理由で車椅子生活になった人がいて、その話を聞いたら私だってその人の事を「可哀想」って目で見ると思う。だからそういうのは仕方ないことなのかなと思ってはいるのだけど、普通に何も無い「ただ身長が低い子」として見てくれて、私もそうなりたいって憧れてた。

それがいつしか好意に変わったっていう話。


「で?彼なんて答えたの?」

『えっと…「あなたが16歳になっても僕の事を好きでいてくれたら、お付き合いしましょう」って』

「そこから16歳になって本当にお付き合い始めたのね!?」


その話をしたのが確か私が14歳。中学二年生とかだった気がする。中学生の恋は、その人が好きというより恋に恋してる時期だから、高明さんは時間を設けたんだと思う。二年も経てば人の心も移り変わるだろうし、それだけ時間を掛けても好意があるのなら本当に好きなんだろうっていう、気持ちを確かめる期間。あと単純に法律的なものかな。


「交際期間が7年なら婚約の話も出るんじゃないのか?」

『あ、うん。その16歳になってもって言われた時に、言われたよ。「その後、20歳になっても好きでいてくれたら結婚しましょう」って』

「え!?それ、プロポーズじゃない!!あれ、でも今二人とも苗字違うわよね…?」

『組織のこともあるから、「父の仕事の手伝いしてて、長引きそうだから」って説明して、結婚は…まだ…』

「でも珠雨ちゃんって組織のメンバーではないでしょ?」

『兄が組織の一員だから、何かあったら私も消されるでしょ?そしたら、高明さんも殺されるから』


そもそも予定では私はこんなに組織のメンバーと接近する予定ではなかったしね。


「珠雨ちゃんにとって諸伏さんは、本当に大事な人なのね。もしかして、初恋が諸伏さん?」

『違う人』

「あら、どんな人?」

『んー……かっこいい人?』

「どうして疑問形なの?」

『顔も名前も知らないもん』

「……ん?」


私が車椅子になった原因の交通事故で、私を助けてくれた人。救急隊員の人じゃなくて、たまたま事故を目撃した人だと思う。普通に私服だったのを覚えてる。その服が汚れるのもお構い無しで、ずっと「大丈夫だから」「絶対助かるから」って呼びかけてくれた人。


『父はその日、事件の裁判の証人として呼ばれてて来れなくて、代わりの部下の人が病院に来るまで付き添ってくれてたらしくて。お礼を言いたかったんだけど、誰もその人の連絡先とか名前とか聞いてなくて誰かわからないの』

「話を聞く前に帰しちゃったの?」

『ううん。部下の人が病室に入った時にはいたらしいんだけど…私が寝てるベッドに近づいて、無事なのを確認して…お礼を言おうと振り返ったらいなかったって』

「そうなの…いつか会えるといいわね」

『うん』

「会話も丁度いい頃合ですし、そろそろ夕飯にしましょうか」

「そうね!」


両手をパンって叩いて、空気を切り替えた有希子さんは、テキパキと出来上がった料理を綺麗にお皿に盛り付けて。それを私が運んで、並べていく。

有希子さんが作ってくれた今日の夕飯は、後でレシピを教えてくれるらしい。

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